
フランスのサルコジ大統領が中国政府に投じたボールは、なかなかの“くせ球”である。野球にたとえていえば、胸元へのブラッシュボール。これをよけたり、きちんと打ち返すのは容易ではあるまい。
「あらゆる選択肢がある」
チベット問題をめぐる中国政府の対応を受け、サルコジはこう明言した。選択肢の中に「北京五輪開会式のボイコット」が含まれていることは言うまでもない。
私が知る限りにおいて世界の政治指導者の中で最初に北京五輪ボイコットに言及したのは昨年、サルコジと大統領選挙を戦ったロワイヤル候補である。ロワイヤルはダルフール紛争での中国の対応を批判し、北京五論ボイコットも辞さずとの姿勢を鮮明にした。
この時には「バカげている」と一笑に付したサルコジがここに来て中国政府批判に軸足を移し始めたのは、五輪開催中、彼がEUの議長のイスに座っていることと無関係ではあるまい。あるいは内相時代、暴動に参加した移民系住民に強権を発動し「反人権主義者」のレッテルを貼られた苦い記憶を払拭するためか。
現代の欧州において「人権」は錦の御旗である。それは権力の源泉をも意味する。野心家で支持率低下に悩むサルコジがこの“好機”を見逃すはずがない。
こうした背景は別にしても、サルコジは見事な“くせ球”を投げた。ロワイヤルのように五輪までボイコットせよとやれば、「選手の人権を無視するのか」と逆に中国に反撃の材料を与えかねない。これは避けたい。
そこで「開会式だけボイコット」という巧妙な手を思いついたのだろう。これなら選手に迷惑をかけずに「人権侵害国家」たる中国の現状だけを浮き彫りにすることができる。ポーランドのトゥスク首相、エストニアのイルベス大統領もこれに続いた。作戦は成功しつつある。今こそ日本政府も何らかのメッセージを発言すべきではないか。
ところが福田首相は相変わらず音無しの構え。「中国にとって北京五輪はヒトラー時代の1936年ベルリン五輪と同じ意義を持つ」と勇ましく語っていた石原都知事も最近は「(北京五輪の)招待状をもらいましてね。何も大騒ぎする必要はない。状況次第では行きますよ」とトーンダウンしてきた。2016年五輪を東京に招致する手前、中国を敵に回したくないとの思惑ゆえか。そうではないというのなら北京できちんとチベット問題に対するメッセージを発信してほしい。言行不一致と言われないためにも。
スポーツと政治は別――。正論ではあるが現実的ではない。むしろ、これまでの五輪は“国威発揚の祭典”ですらあった。
36年のベルリンはナチスドイツの政治的プロパガンダに利用された。
72年ミュンヘンではイスラエルの選手村がパレスチナゲリラに襲撃され、多数の犠牲者が出た。
80年モスクワはソ連のアフガン侵攻に抗議して、西側諸国がボイコット。その報復として84年ロスは東側諸国がボイコットした。
9.11同時多発テロから3年後の04年アテネは平穏に終わったが、パトリオットミサイルに守られて開会式を迎えたことはあまり知られていない。
その行為には賛否両論あったが、選手も無邪気にただ走ったり跳んだり投げたりしてきたわけではない。
68年メキシコでは陸上男子200m優勝のスミスと3位のカルロスが黒手袋を星条旗に向かって突き上げ、米国の人種差別を批判した。
同じくメキシコでは東京に続いて複数の金メダルを獲得したチェコスロバキアのチャスラフスカが金メダルを分かちあったソ連のクチンスカヤに対しメダル授与式の場で背を向けた。「プラハの春」を踏みにじったソ連への無言の抗議だった。
北京五輪をめぐってはドイツの選手から「開会式はチベットの民族衣装を着て出よう」との声も出始めているという。いいアイデアだ。これをやられたら中国政府は面目丸潰れだろう。
真のスポーツマンシップとは何か。それは「人権」が抑圧されていようが「環境」が破壊されていようが、目を瞑り耳を塞ぐことではあるまい。無粋な権力が無辜の民を蹂躙しているというのに、何も行動しない、声も上げないでは思考停止である。それは自立したスポーツマンとして最も恥ずべきことではないか。
繰り返すが私は五輪そのものをボイコットせよとの主張には与しない。むしろ中国政府を利するだけだ。政治的メッセージを発信する絶好の場として開会式を逆に利用したい。その模様は全世界に流れる。国威発揚のための場は、一転して国家的恥辱の場と化す。胡錦濤の苦虫を噛み潰したような表情が目に浮かぶ。
<この原稿は2008年4月10日号『週刊文春』に掲載されたものです>