二宮: 鈴木桂治選手や棟田康幸選手は、「康生さんを目標にしていたから頑張れた」とよく口にしていますね。康生さん自身が「この人に勝ちたい」と目標にしていた柔道家は?
井上: 僕は常に篠原信一さん(シドニー五輪銀メダル)が目標でしたね。


二宮: 康生さんが篠原さんに勝った2001年全日本選手権の決勝は、今でも鮮明に覚えています。あの試合は本当に素晴らしい試合だった。
井上: あの時は、篠原さんが「誤審」で銀メダルとなったシドニー五輪の後でした。やはり気持ちの面で落ち込んでいたと思いますから、勝てたところもあると思います。篠原さんがシドニー五輪で優勝していたら、あの試合での展開はどうなっていたかわからないですよね。

二宮: 運というのは怖いですね。シドニー五輪での篠原さんは、本当は勝っているわけですからね。あれで金メダルをとっていたら、まだしばらく「篠原時代」は続いたでしょうね。
井上: 本当にそう思います。

二宮: 康生さんが今まで戦った中で、最強の柔道家はやはり篠原さんですか?
井上: そうですね。「どれだけ強いんだ」「この人にどうしたら勝てるんだろう」と思ったのは、98年の全日本選手権の決勝のときです。その後の試合は、負けたとしても「まぁどうにかなるかな」という感じでした。

二宮: 怪物とやっている感じ?
井上: そうですね(笑)。全日本選手権の決勝のとき、一度会場が真っ暗になって、選手がスポットライトを浴びるじゃないですか。「赤、篠原選手」と言われて、あの篠原さんがライトを浴びて浮き出てくるんですよ。もうホント、怖いですよ(笑)。

二宮: 実際に対戦してみた感触は?
井上: やっぱり力がすごいですね。グーッと、包み込まれる感じなんですよ。奥襟を掴まれて、外側から丸め込まれる感じ。自由に動けないんです。つり手を切ろうとしてもなかなか切れないですし、動こうとするとそれについてきて、いろんな技をかけてくるんです。

二宮: 動きも速いですよね。
井上: 不利な体勢を回避しようと、技をかけようとして内またでけん制して間合いをとろうとしても、その内またをすかしてくるんですよね。だから最初の頃は「この人には、何をすれば勝てるんだろう」という思いでした。徐々に、対抗できる力がついてきて、何とか戦えるようになりましたね。外国の選手とまともに組み合って技をかけて勝つことができた日本人選手は、篠原さんくらいじゃないですか。

 柔道は「詰将棋」と同じ

二宮: 柔道の取材を続けてきて、あれ、おかしいなと思ったのは、03年大阪の世界選手権の代表選考です。康生さんが100キロ級の代表になって、鈴木桂治選手が無差別の代表になったでしょう。あれは本来、逆ですよね。
井上: 予選の結果から言うと、逆が正しいんです。僕は、選抜体重別の100キロ級で負けて、無差別の全日本選手権で勝った。選ばれたことに対しては、桂治には申し訳ないなと思いましたし、選んでもらった以上は頑張ろうという気持ちでしたけど。
 あのときの見解としては、前年のアジア大会、その前の世界選手権、ドイツ国際でも優勝していましたから、桂治もヨーロッパで優勝していましたけど、確率からいえば井上だろう、と。そうすると、無差別は? という話になる。無差別級の選考を兼ねた全日本選手権では僕が一本勝ちした。そこで、無差別の代表に桂治を選んだ理由があいまいだったんです。2階級で勝つのは厳しい、ということで、僕が100キロ級、桂治が無差別級、となりましたけど、僕自身は、無差別級で出たかったですね。

二宮: そうでしょう。「たら、れば」になりますけど、あのとき、康生さんが無差別級で出ていたら、アテネ五輪でも勝っていたんじゃないかなと思うんですよ。大阪の世界選手権では優勝はしたけど、お互いに不本意だったでしょうね。
井上: あのときは、2人とも優勝できて、無事に終わりましたけど、僕としては選抜体重別と全日本で勝って、2階級で代表になりたい、という気持ちでした。その思いを世界選手権にぶつけましたね。大阪での試合はすごく集中していました。きっと、シドニー五輪より、大阪世界選手権の方が試合時間は短いはずです。そういう戦いができたのはよかったですね。

二宮: 何かで読みましたが、柔道というのは「詰将棋」と同じだと。深いなと感じました。やはり試合前には、実際の試合の展開をイメージしたりするんですか?
井上: やはりイメージはしますね。技術が身につくほど、高いレベルになるほど、そういうことは必要とされると思います。

二宮: 今日はこのパターンで行こう、とか?
井上: このパターンで、というよりは、こう来たら、こう切り替えそうとか、そういうのは何パターンも頭に入れて戦いますね。試合の時に、それが見えるときと見えないときがあるんです。見えないときというのは、なかなか良い試合ができないですし、負けるパターンになりがちですね。

二宮: ではシドニー五輪で金メダルを獲ったときは、すべてが見えていたと?
井上: いや、あのときは、あまりなかったです。シドニー五輪は勢いでした。それ以降、「これから勝ち続けるにはどうするべきなのかな」と考えた結果、イメージやパターンをつくるようになりました。自分が持っている能力だけでは、勝ち続けることは難しいなと思いましたし、やはり深く考えるようになりましたね。

二宮: 試合前には、対戦相手の分析や研究をやっていたんですか?
井上: まずは、相手の技や組み手の特徴は見ますし、試合の流れも見ます。この人たちは、どういう流れで試合を進めているのか、と。

二宮: 私から見たら康生さんは「天才柔道家」でした。ご自身で天才と思ったことは?
井上: 僕はないですね。僕は天才じゃなかったです。だから人一倍やらなきゃという思いが強かった。それが裏目に出た部分もありましたね。入り込みすぎちゃうというか。もっと横着なタイプだったらどうなっていたかなと思うこともあります。

 母と兄の死を乗り越えて

二宮: アテネ五輪が終わった後、手術をされましたね。
井上: 右の大胸筋腱断裂ですね。胸の大胸筋と肩をつなげる腱が切れたというか、根こそぎはがれてしまった。アテネ五輪後の、嘉納杯の決勝の試合中でした。相手に技をかけにいったら、開きすぎてしまった。あの瞬間は、初めての感覚でしたね。

二宮: どんな感覚?
井上: ねじれちぎれるような感覚でした。これはおかしいなと思いましたね。アテネ五輪で負けて、最初の試合だったので「これで負けたら終わりだな」という気持ちで挑んでいました。

二宮: その後の影響は?
井上: 手術をしないと60%くらいしか戻らないと言われたので、だったら、手術して戦えるようになりたい、と。それで試合後に手術をしました。やはり多少の影響はありましたけど、ここまで回復させてもらったことは感謝しています。

二宮: お母様が亡くなられて、アテネ五輪後にはお兄さんも亡くなられました。精神的にかなりきつかったのでは?
井上: 母の時ももちろんですけど、兄の時はきつかったですね。アテネ五輪で負けて、その後、怪我して、1年半ブランクの中での出来事でしたから。まだ怪我であれば「自分の責任」と思えますけど、兄の死のときには、どこに何をぶつければいいのかわからなかったですね。当時兄には2歳の子供もいましたし、そのときは、初めて「この世に神様なんていないな」と思いました。

二宮: 心臓だったんですか?
井上: 心筋梗塞でしたね。ちょうど大阪に出張中のときでした。6月だったんですが、兄が6月、母が亡くなったのも6月、父が脳梗塞で倒れたのも6月だったので、自分の中で6月というのは良い気持ちにならないですね。時々、朝に電話とか鳴るとドキッとしますよ。

 酒は人を結びつける力がある

二宮: しかし、柔道は大変ですよね。五輪で銀メダルだと「勝てなかった」ということになってしまう。普通、銀メダルだったら「すごいね」となりますが、柔道だけは「負けた」となってしまう。
井上: そうなんですよね。だけど、みんなも金メダルを獲って初めて「勝ちだ」という気持ちでいますから、それがなくなったときは、日本柔道が勝てなくなったときだと思いますね。常にその意識は持つことは必要だと思います。

二宮:「柔道で銅メダルでした」ではすごいと言われないですもんね。あれは残酷ですよね。
井上: でもみんな努力してその舞台で戦って……素晴らしいことですよね。銅メダルだったとしても、1回戦しか勝てなかったとしても、十分にすごいことなんですけどね。

二宮: ところで、康生さんのお酒にまつわるエピソードは?
井上: たくさんありますね。やはり、勝負の前にはあまり飲まないので、試合が終わった後のお酒は最高ですね。勝ったときはそれはもう、とても美味しく飲めますし、負けたときは、悔しさを忘れさせてくれますし、お酒の力は大きいですね。僕が最初に飲むのは常にビールです。これで助けてもらった、という思いはありますね。

二宮: 飲もうと思ったら、相当飲めるのでは?
井上: いや、そんなには飲めないんです。でも好きですよ。みんなでワイワイするのが好きなんです。

二宮: 飲むとどうなるんですか?
井上: 飲みすぎるとすぐに寝ます(笑)。1人で飲んじゃって、乾杯したがって……それで自爆するパターン。迷惑ですよね(笑)。日本代表合宿なんかでも、最終日に選手のみんなで飲むのは楽しいですね。お酒は、人と人を結びつける力もあると思います。

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井上康生(いのうえ・こうせい)プロフィール>
1978年5月15日、宮崎県出身。東海大相模高−東海大−綜合警備保障。5歳のときに、父・明氏の影響で柔道を始める。00年シドニー五輪100キロ級金メダル。99年、01年、03年世界選手権100キロ級で3連覇。01〜03年全日本選手権3連覇(史上4人目)。04年アテネ五輪では4回戦敗退。その後、100キロ超級に転向。北京五輪代表を逃し、08年5月2日に現役引退を発表。得意技は内また、大外刈り。183センチ。5段。





★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
 
世界的な酒類・食品などのコンテスト「モンドセレクション」のビール部門で、3年連続最高金賞(GRAND GOLD MEDAL)を受賞したザ・プレミアム・モルツ。原料と製法に徹底的にこだわり、深いコクとうまみ、華やかな香りを実現しました。

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