
北京五輪が8月24日閉幕した。今回の大会には204の国と地域から役員も含めて約1万6000人が参加、17日間にわたって熱戦が繰り広げられた。中国政府が国家の威信をかけて臨んだこの大会から何が見えたのか。上海出身の大学教授兼ジャーナリスト葉千栄氏、金融コンサルタントの木村剛氏、スポーツジャーナリストの二宮清純が討論した。(今回はVol.3)
葉: 中国に関する最近の日本の報道は「3点セット」です。
1つは「冷凍ギョーザ問題」や「五輪開会式の口パク」の延長線上にある「中国は偽装国家」という認識。もう1つは農村と都市部の格差が拡大して「まもなく崩壊」という話。そして最後が「少数民族の動乱で中華帝国分裂」という予言です。
天安門事件が起きたとき、私は早稲田大学の大学院生で、東京で多くの中国人留学生とともに「民主万歳!」と叫びながらデモ行進をしました。あのとき、「天安門広場で倒れた学生たちの遺志を継ぎ、一生をかけて中国を米国のような自由な国にするために頑張る」と決心した。
今もリベラルな理念に変わりはありませんが、その一方で、中国の民主化を実現するプロセスに関しては、だんだんと現実的に考えるようになりました。
中国の世界に対する影響力は天安門事件当時とは比較にならないほど強くなっています。安全保障のような政治の面だけでなく、「世界の工場」と「世界の市場」という経済の面から見ても、中国の民主化は中国にとっても、世界にとっても、安定的かつ確実に進められなくてはならない。
中国に帰る度に、家族や友人だけでなく、多くの人たちに会いますが、彼らには共通した「目線」がある。それは「中国には依然として問題が存在するものの、以前より、明らかに良くなっている」というポジティブな「目線」です。これは中国の一般市民の共通認識と言ってもいい。つまり、過去の中国を体験し、ここ数年の状況を知っているなら、明らかに昔より今が良くなっていると実感できるのです。
どんどん悪くなっているのか、それともだんだん良くなっているのか、大きな方向性で見ることが今後の中国を判断する上では大変重要です。しかし、この視点が今の日本のメディアには欠けているように思います。
最近、大きく報道されている少数民族や農村部のデモ。こういったものは以前からたくさんありました。ただ、それが明らかにされてこなかった。それを今では新華社自らが大きく報道するようになったのです。
また、日本のメディアは中国の国防費増加の話になると必ず“2けた増”という具体的なデータを報道します。それなら「中国バブル崩壊、経済破たん」や「貧富の格差は拡大する一方」という“持論”を展開するときも、最新のデータなどを根拠にすべきです。そうすれば、前より悪くなっているか、それとも良くなっているのか、すぐに分かるはずです。
今や日本と中国は経済相互依存関係にあるといっていい。日本にとって、正確な状況判断は非常に重要なことではないでしょうか。
木村: 葉さんが指摘されたように、中国はいろいろと課題を抱えているものの、ずいぶん良くなっている。それなのに日本のメディアが「3点セット」で報道するのは、「やっぱり中国はダメだ」と思いたい日本人が多いということなのでしょうか。
葉: 日本ではこの20年間、「中国はまもなく崩壊する」と予測する書籍が、毎年出版され続けています。しかし現実はどんどん逆の方向に進んでいます。
それにもかかわらず、このような「希望的観測」がますます盛んになっている。もはや一種の「呪い」に近い。しかし、日本人はそれに気付いていない。中国が本当に崩壊したら、一番困るのは日本なのに。
木村: 北京五輪開会式に関する日本の報道では、「民族衣装を着た人たちが本当の民族ではなかった」という偽装を問題にするものが目立ちましたよね。
葉: 私自身もあれは本当の少数民族の方たちが出るべきだと思いました。しかし、これは「偽装」というよりも、「してはいけないこと」と自覚がないままに、やっているのです。これこそが問題なのですが……。
開会式で歌った少女の「口パク」も同様にたたかれました。しかし、開会式の翌日、音楽監督自身が北京のラジオ局で、「制作裏話」としてこのことを披露しています。56人の子供たちが演じた少数民族の話も、北京五輪実行委員会の副主任の王偉氏が記者会見でしゃべっている。花火がCGだったことも、制作会社が翌日のテレビ番組で「29の足跡の花火は、最後の『鳥の巣(国家体育場)』上空の1個を除いて、すべてうちが作ったCGだ」と自慢してしゃべっている。つまり、彼らは「偽装」したというよりも、むしろ「いいアイデアだ」と思っている。世界と価値観が共有できていない。「ワンドリーム」にならなかった典型といっていい。
しかし、この「口パク」と「CG」の話をもとに、「中国という国そのものが、すべて『偽装』でバーチャルだ」と決め付けるような報道を見ると、私はマンション耐震偽装の「姉歯事件」報道を思い出すのです。あれで、建築業界すべてが疑われるようになって、厳しすぎる建築基準法ができて、日本経済の足かせになった。
(続く)
<この原稿は「Financial Japan」2008年11月号に掲載されたものを元に構成しています>
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