二宮: 4×100メートルリレーでの銅メダルおめでとうございます。そして、現役生活お疲れ様でした。トラック競技の世界の壁はとてつもなく厚い。その中でのメダル獲得は本当に価値があったと思います。長い現役生活の最後に神様がご褒美をくれたという心境でしょうか。
朝原: 運が巡ってきた感じはありましたね。これまで何度もメダルを取れそうで、一歩及ばなかった。「やっとメダルを獲れたな」という気持ちです。
二宮: メダルを獲った夜のお酒はおいしかったでしょう。
朝原: それが……。夜はほとんど寝ずにメディア各局をリレーメンバーと回っていました。「よかったな」「獲れたな」と喜びをしみじみ噛み締める暇なんてなかったんです。そうこうしているうちに日が経って気持ちも落ち着いてくる。だからメダルを獲る前とあまり心境は変わっていないですね。お酒は最終日のパーティでいただきました。
夫婦円満の秘訣二宮: 奥野史子夫人はバルセロナ五輪シンクロナイズドスイミングの銅メダリスト。心のどこかで夫婦でメダルが欲しいという気持ちがあったのでは?
朝原: そんなことは忘れていましたよ(笑)。実は走り終わってすぐ、「奥さんに並ばれましたね」ってインタビューされたんですけど、最初は何のことかわからなかったんです。
二宮: 同じアスリートとして、奥さんは良き相談相手になったことでしょう。
朝原: 嫁さんとは昨年の世界陸上の後、現役を引退するかどうか相談したのが最初で最後。それ以外のことは、こちらからは全く話をしないし、向こうも聞いてこない。競技は違えど、アスリートの根本的な精神状態は彼女もわかっていたはず。あえて聞いてこなかったという感覚はありました。わからないから聞かないのではなく、知っているけど聞かない。だから、家での居心地は良かったです。
二宮: つまり、お互いにいい距離感を保っていたと。まさに理想のカップルですね。夫婦でお酒を飲むことも多いのでは?
朝原: ありますけど、最近は子どももいますし、二人きりでゆっくり飲む機会は少なくなりました。そういえば先日、パートナー・オブ・ザ・イヤーに選んでいただいたんですけど、過去の受賞者のその後を伺ったら、「まだ別れたカップルはいません」と(笑)。“まだ”ってどういうことですかね(笑)。
二宮: メダルの瞬間には奥さんも立ち会えて感激したことでしょう。
朝原: ウイニングランの時に駆け寄ったら、泣き崩れていましたね。最初、嫁さんは現地に来ない予定だったんです。最終的には来てくれて良かった。あの瞬間を見てもらえなかったら、一生、後悔したでしょう。
ベストはラスト3mでのバトンパス二宮: 決勝のレースを振り返ってください。アンカーとして2番手でバトンをもらった瞬間は、どんな思いでしたか?
朝原: 何が何でも順位は下げられないと必死でした。上位で来ていたのはわかっていましたから、本当に必死。自分の中ではそれでも冷静に走っていたつもりですが、後からVTRを見返したら、すごい顔して走っていましたね(笑)。「こんな顔して走っていたのか」とビックリするくらい。
二宮: レース展開を見ながら、バトンが来るまで、ずっとドキドキしていたのでは?
朝原: もちろん、どのくらいの位置で走っているかは確認しましたが、それ以上のことは極力考えないようにしていました。たとえば、第一走者の塚原直貴君を見て、「フライングするなよ、よしいけ」といちいち思っていたら、自分の走りに集中できない。余計なことは考えず、レースを傍観しているというのが一番近い感覚かもしれません。
二宮: 惜しくもトリニダード・トバゴにかわされましたが3着でゴール。後続との差は背中で感じましたか?
朝原: 全然、そんなことは気にできなかったです。ただ「怖い」という一心で逃げていました。
二宮: 日本はバトンパスに関しては世界でトップの技術を持っています。かなりバトンの渡し方は研究したとか。
朝原: 僕たちはアンダーハンドパスで受け渡ししているので、オーバーハンドパスと比べると互いの体を近づける必要があります。研究の結果、20メートルのバトンゾーンの中でベストの受け渡し場所が、ラスト3〜5メートルの部分と分かりました。
二宮: それはなぜ?
朝原: その地点が2人のスピードが最もいい形で交わるからです。走ってくるほうはトップスピードに乗っていますが、ちょっとずつスピードが落ちてくる。一方、走り出すほうはどんどん加速していく。パスが手前過ぎると後の走者のスピードが出ていないし、パスが後ろ過ぎると、前の走者がついていけなくなる。
二宮: 互いのスピードを殺すことなく、バトンをつなぐことがリレーでは大切ですからね。
朝原: 特急と各駅停車の待ち合わせのように、2人がピッタリ決められた場所でバトンパスできないとリレーは勝てません。日本では数年前から、バトンゾーン手前の10メートルと、バトンゾーン後の10メートルを含めたタイムを全員で測って、パソコンで解析する試みを始めています。その結果、「前の走者が何秒で走ってくるから、後ろの走者は、このタイミングで出ればいい」といった目安がわかるようになりました。それまでは感覚に頼っていた部分も多かったので、とても練習がやりやすくなりました。
他国のバトンパスは雑二宮: 米国や英国、ナイジェリアなど強豪国はバトンミスに泣きました。日本は確実でムダのないバトンパスを徹底したことが、最後に勝利の女神を振り向かせた。
朝原: 他国のバトンパスは正直言って雑でしたね。特にアメリカの棄権は大きかったです。普通に走ったら、金メダルは間違いない位置にいましたから。
二宮: 朝原さんが初めて五輪に出たアトランタ大会では、バトンミスで敗退。その苦い教訓も生きましたね。
朝原: あの時の僕はメンバー変更で急遽、アンカーを務めました。代役だったということ以前に、気持ちが全くリレーに入っていなかった。
二宮: というのは?
朝原: 当時の僕は走り幅跳びが本職でした。大学時代に100メートルを日本記録で優勝して注目されたとはいえ、ずっと短距離チームの合宿に参加していたわけではなかった。そもそもリレーがどんなもので、どのタイミングでスタートを切ればいいか、よくわからなかったのが本音です。
二宮: リレーでメダル獲得を意識し始めたのは?
朝原: 4年後のシドニー五輪です。6着でしたが、あの時は末続慎吾君が決勝のレース中に足を肉離れするアクシデントがありました。全員がベストの状態で走れば、上位を狙えるのではと感じました。
アンダーハンドパスの難点二宮: 先程、アンダーハンドパスとオーバーハンドパスの違いが少し話に出ましたが、それぞれの長所と短所を教えてください。
朝原: オーバーハンドは渡すほうが上から腕を伸ばし、受け取るほうも腕を上げてキャッチするやり方です。どちらも腕をあげながら渡すので、互いの距離が開いていても受け渡しができる。その分、距離を稼げるところが長所です。一方、上から腕を伸ばして渡すため不要なモーションが入る。もらうほうも手を高くあげる必要があるため、フォームを乱して走りにくい。
二宮: 逆にアンダーハンドは腕を下げた状態でバトンパスができるので確実だと?
朝原: はい。フォームが乱れない点が利点です。ただ、先程も話したように、体を引っ付けてパスしなくてはいけないので、距離は稼げません。もうひとつ難しいのはバトンの受け渡し。オーバーハンドだとバトンの先をつかんで、ひっくり返して前にもってくれば、そのまま次の走者に渡す態勢ができる。ところが、アンダーハンドはバトンをひっくり返さないので、お互いに手を重ねて握り合うように渡さないと、最終走者あたりでつかむ部分がなくなってしまう。
二宮: 朝原さんはアンカーでしたが、つかめるバトンの範囲はどのくらい?
朝原: 先から半分くらいです。写真をみてもらったらわかると思います。だいたい僕はバトンの真ん中あたりを持っているはずです。ですから、この方法は10人リレーなら絶対にムリ(笑)。バトンをつかめるところが完全になくなります。
二宮: バトンパスのテクニック以外に日本にとっての強みはありますか?
朝原: 第1走者以外は立ったままスタートできる点も大きいと思います。僕もバトンを持って走ったほうが速いとよく言われるんですけど、クラウチングスタートは静止した状態から急に加速するので、かなりのエネルギーが求められる。瞬発力のあるアフリカ系選手がどうしても有利になります。でもリレーの場合は立ったまま、体を動かしながら動き出せる。体の勢いを止めずにスタートできる点はパワーのない日本人にとってプラスの要素です。
二宮: 今回のリレーは、「最後は朝原さんにメダルを獲ってもらいたい」という全員の心がうまくつながったことも勝因だったように思います。
朝原: それは本当に実感しています。僕に獲らせたいというだけでなく、みんなもメダルを獲りたいとの気持ちが強かったのでしょう。昨年の世界陸上でアジア記録をマークしながら、5位に終わった。お互い言葉には出しませんでしたが、悔しさが残りました。
ここ数年間、僕たちはほぼ同じメンバーでバトンをつないできました。高平慎士君とはアテネからずっと一緒にやっていますし、末続君と高平君も1走と2走、または2走と3走で同じ並びで走っている。塚原君は去年からメンバーに入りましたが、末続君と同じ東海大出身。お互いに信頼し合える、とてもいい関係になっています。最高の仲間たちと最高の結果を残せたことは最高の喜びですね。
(後編につづく)
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朝原宣治(あさはら・のぶはる)プロフィール>
1972年6月21日、兵庫県生まれ。神戸・小部中時代にはハンドボールで全国大会に出場。夢野台高に進学後、走幅跳の選手として陸上を本格的にスタートする。同志社大時代の93年、国体の100メートルで日本人初の10秒1台となる10秒19をマークして優勝。スプリンターとしても脚光を浴びる。97年には10秒08を記録し、10秒1の壁を突破。日本短距離界の第一人者として世界選手権に6回、五輪は4回出場。北京五輪の4×100メートルリレーで日本男子トラック初となる銅メダルを獲得。今年9月に現役を引退した。自己ベストは100メートル10秒02(日本歴代2位)、走幅跳8メートル13(同4位)。
★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
世界的な酒類・食品などのコンテスト「モンドセレクション」のビール部門で、3年連続最高金賞(GRAND GOLD MEDAL)を受賞したザ・プレミアム・モルツ。原料と製法に徹底的にこだわり、深いコクとうまみ、華やかな香りを実現しました。
提供/サントリー株式会社<対談協力>
DEN Rokuen−Tei東京都渋谷区宇田川町15−1 PARCO PART1−8F
TEL:03−6415−5489
営業時間:
LUNCH 11:00〜16:00
DINNER 17:00〜24:00
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