朝原: 二宮さんに最初に取材していただいた時のことはよく覚えています。確か臍下丹田(せいかたんでん)の話をしましたね。1993年に100メートルで日本記録を出した頃で、まだ僕自身も取材慣れしていなかった。他の方は質問もごくごく普通の内容が多かったのですが、二宮さんとは丹田の話題になったことがとても印象に残っています。
一流は重心を意識する二宮: いろいろ取材している中で、どのスポーツにも共通する重要なポイントは「重心を意識すること」だと気づきました。自分の重心がどこにあるか。これを理解しているアスリートが一流になれる。当時、朝原さんは「丹田に全神経を集中している」と語っていましたね。
朝原: 真ん中をどう決めて、体を動かすか。これは僕がずっと追求してきたテーマでした。速く走るには手足を動かすこと以上に、重心を前へ運ばなくてはいけない。意識し始めたのは、まさしく取材していただいた大学時代です。そのせいか、僕はコーナーリングが最後まで苦手でした。コーナーを走る際に、自分の重心がどこにあるのかわからなくなってしまうので……。
二宮: 重心への意識は誰かに教わったものですか?
朝原: 自分で発見しました。もともと、こういうことを考えるのが好きなんです。自分の体を実験台にして、いろいろ試してみる。実験結果が良くなると素直にうれしい。レースに勝つとか、いい記録を出すことはもちろんですが、そういう探究心があったからこそ、現役を続けてこられたのではないでしょうか。
二宮: 当時は走り幅跳びのほうが本職でしたが、トラックを走る時と意識する重心の位置は違う?
朝原: 同じです。重心が沈み込みすぎると最後の踏み切りで上に浮きません。100メートルと同じで、重心をしっかり同じ位置、同じ高さで運んで、それを最後に起こす感覚で跳んでいました。
二宮: 100メートル、200メートル、幅跳びとさまざまな種目を経験しましたが、それぞれに対する朝原さんのイメージは?
朝原: 100メートルは一言で表現するなら、実力オンリーのガチンコ勝負。スタートから横並びで真っすぐ走りますから、精神的な要素も結果に影響する。人間の総合力で戦っている感覚があります。200メートルは横並びじゃない分、100メートル以上に技術も求められる。スピードと技術の両立が必要でシンプルながらも奥が深い種目です。
一方、幅跳びは制限時間の1分以内で集中を高め、自分でタイミングをとってスタートを切る。自分でペースをつくっていける楽しさがありますね。当時は8メートル13の自己ベストを出して、最も世界に近かった点もおもしろかった要因かもしれません。近年は世界的に幅跳びの記録が伸び悩んでいますから、これから挑戦する選手にとってはチャンスでしょう。
準決勝の壁を破るには?二宮: 一方で短距離界の進化はめざましい。今回の五輪でもウサイン・ボルトが驚異的な世界新を樹立しました。80年代にカール・ルイスが活躍していた頃は、前半で遅れても後半の追い上げで巻き返すことができた。ところが近年はシドニーで金メダルを獲ったモーリス・グリーンにせよ、ボルトにせよ、スタートで優位に立たないと勝てなくなりましたね。
朝原: ボルトはルイス並みのトップスピードを持ち、しかもスタートもグリーンやアサファ・パウエルと同じくらい素晴らしい。去年までは才能だけで走っていた部分もあったのですが、今年は肉体的なものと技術的なものがバチッとかみ合って、あんな化け物になってしまった(笑)。絶対に抜かれないだろうと言われた、200メートルのマイケル・ジョンソンの世界記録(19秒30)でさえ更新してしまった。彼が今の感覚を持ち続けることができれば、誰も勝てないですよ。
二宮: 日本の短距離界も朝原さんたちの活躍で進歩したとはいえ、残念ながら10秒の壁を破れていない。その間に外国勢はもっと先に行ってしまいました。日本人が9秒台に突入する日はやってくるのでしょうか?
朝原: タイムだけ出せばいいのなら今でも充分、可能ですね。追い風2メートルくらいで、高速トラック、体調も万全といった条件が揃えば、そんなに難しくない。ただ、オリンピックだったり、世界選手権だったり、しかるべき場所で世界の強豪と競り合って9秒台を出すのはまだ先の話かなと思います。
二宮: 日本がもうひとつ破らなくてはいけないのは準決勝の壁です。世界陸上やオリンピックのような国際大会になると、1次予選、2次予選、準決勝、決勝と何回も走らなくてはいけない。決勝に出るような世界の強豪は、準決勝まではラスト10メートルはスピードを緩めて流していますよね。ところが日本人はまだ、1本1本、全力で走らないと先へ進めない。
朝原: 僕も現役時代の後半は決勝進出を目標に、とにかく準決勝に照準を合わせていました。北京でも塚原(直貴)君が10秒16と頑張りましたが、決勝には進めなかった。通過タイムは10秒02。今回は特にレベルが高かった。準決勝で10秒02をクリアしようと思ったら、9秒台を出せる力がないと走れない。だから、準決勝で決勝に残れるだけのパフォーマンスをしたら、決勝はジョギングでもいいやと僕は思っていました。全精力を使い果たすつもりで走らないと、決勝に進むのは無理。
二宮: となると、日本人が決勝で互角に渡り合うのは当分、先の話になりそうですね……。
朝原: そうですね。まず若くて才能のある選手が出てこないといけないでしょうね。技術だけでは太刀打ちできないので、バネがあるとか、筋力があるとか、ある程度の素質が求められるでしょう。若さという条件も必要不可欠です。やはり何回もラウンドを踏むので、決勝で戦うとなったら体力勝負になりますから。
二宮: その点では、年齢とともに衰えを感じましたか?
朝原: かなり(苦笑)。若い時は、ラウンドを踏むのは好きでしたよ。3本目の準決勝や決勝でベストタイムが出ることも多かった。ところが、ここ数年はとにかく「省エネ」「省エネ」(笑)。今回の五輪選考会(日本選手権)では2日間で3本走ったのですが、本当に怖かった。余力を残して走ることばかり考えていました。
よく飲むのはビールと焼酎二宮: 朝原さんがそれまでの短距離選手と異なるのは、早くから海外との勝負に目を向けていたこと。大学卒業後、すぐにドイツ留学されましたね。
朝原: 3シーズン、ドイツを拠点にヨーロッパを転戦しました。その後はケガもあって、帰国していた時期もあったのですが、すべて含めると合計で5年、ドイツにいました。
二宮: ドイツといえば、ビール。06年のサッカーW杯で訪れた時も、現地の人たちはいたるところでビールを楽しんでいました。
朝原: 朝から飲んでいますね。ちょっと日本の感覚では信じられないですよ。朝ごはんに、いきなりビールですから(笑)。
二宮: でも、本場だけあっておいしい。
朝原: 日本のように冷えたビールではないのですが、独特の苦味があったり、味わい深い。土地土地によって、種類が豊富なのもいいですね。
二宮: やっぱりビール党ですか?
朝原: そうですね。よく飲むのはビールか焼酎。焼酎の中では芋が好きですね。ウイスキーや泡盛も飲みます。ただ、日本酒やワインはついつい飲みすぎるせいか、2日酔いになってしまうんです(笑)。
二宮: アハハハ。私の場合、飲みすぎた翌朝はアルコールを抜くためにカッパを着てジョギングをします。一汗かくと、またその晩のビールがうまい(笑)。
朝原: 陸上選手も練習に支障が出ない限り、毎日のように飲んでいる人もいます。飲まないと調子の出ない人もいる(笑)。
セカンド・キャリアの整備を二宮: 現役生活を振り返ると、五輪出場は4回、世界選手権も6回出場されました。引退にあたって悔いはありませんでしたか?
朝原: 悔いはないです。今のところ、トラックに立てない寂しさもないですね。現役時代ほど厳しく自己管理しなくて良くなったので、むしろホッとしています。ちょっと余分な肉がついてきて、気持ち悪い部分もありますが(笑)。
二宮: 36歳までの競技人生は長かったですか、それとも短かったですか?
朝原: あらためて昔の自分の映像を見直すと、めちゃくちゃ若い。今思えば、よく長いことやったなとは思いますね。でも、現役時代はひたすら目の前にできた目標を追いかけてきました。さすがに五輪も世界選手権も一通り経験すると、だんだん目標を見つけるのが難しくなってきましたが、長い、短いといった思いに浸ることはなかったですね。
二宮: 長年の経験や、培ってきた理論をぜひ多くの若手に伝えてください。
朝原: 現役時代は自分で自分をコーチングしていましたから、それを他人に応用できれば、との考えは持っています。ドイツや米国でさまざまなことを体験してきましたから、その点は指導者の道で活かせるはずです。
二宮: 朝原さんは人望も厚い。将来、為末大選手とともに、日本の陸上界、スポーツ界を変革するリーダーとしての活躍も期待しています。
朝原: 引退して実感するのですが、競技人として悔いなくピリオドが打てても、長い人生で成功するとは限らない。スポーツに取り組む選手たちのセカンド・キャリアの環境整備に協力したいとの思いは強いです。日本のスポーツマンは一生懸命やっている時は周りから支援していただけますが、引退したらただの人。そうならないような社会のしくみもつくっていきたいですね。
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朝原宣治(あさはら・のぶはる)プロフィール>
1972年6月21日、兵庫県生まれ。神戸・小部中時代にはハンドボールで全国大会に出場。夢野台高に進学後、走幅跳の選手として陸上を本格的にスタートする。同志社大時代の93年、国体の100メートルで日本人初の10秒1台となる10秒19をマークして優勝。スプリンターとしても脚光を浴びる。97年には10秒08を記録し、10秒1の壁を突破。日本短距離界の第一人者として世界選手権に6回、五輪は4回出場。北京五輪の4×100メートルリレーで日本男子トラック初となる銅メダルを獲得。今年9月に現役を引退した。自己ベストは100メートル10秒02(日本歴代2位)、走幅跳8メートル13(同4位)。
☆次回のゲスト☆ 新年第1回目のゲストは元サッカー日本代表でスポーツコメンテーターの
相馬直樹さんです。南アフリカW杯への最終予選が佳境を迎える2009年。予選はもちろん本戦で勝ち抜くため、岡田ジャパンには何が必要なのか。今だから言える98年フランスW杯の裏話や好きなお酒の話も交え、楽しい内容満載でお届けします。対談の更新は前編が1月8日、後編が1月22日の予定です。どうぞお楽しみに!
★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
世界的な酒類・食品などのコンテスト「モンドセレクション」のビール部門で、3年連続最高金賞(GRAND GOLD MEDAL)を受賞したザ・プレミアム・モルツ。原料と製法に徹底的にこだわり、深いコクとうまみ、華やかな香りを実現しました。
提供/サントリー株式会社<対談協力>
DEN Rokuen−Tei東京都渋谷区宇田川町15−1 PARCO PART1−8F
TEL:03−6415−5489
営業時間:
LUNCH 11:00〜16:00
DINNER 17:00〜24:00
☆プレゼント☆ 朝原宣治さんのサイン色紙を読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の最初に「朝原さんのサイン色紙希望」と明記の上、住所、氏名、連絡先(電話番号)、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選は発表をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。
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