2000年5月に他界したプロレスラーのジャンボ鶴田はミュンヘン五輪レスリング・グレコローマンスタイルの代表であった。

 五輪でレスリング競技に出場したプロレスラーは長州力、谷津嘉章、馳浩らたくさんいるが、大学に入ってからレスリングを始めたのはジャンボ鶴田くらいのものだろう。

 大柄だったジャンボは中学卒業と同時に大相撲入りが決まっていた。入門を予定していたのは朝日山部屋。1カ月間のけいこを経て新弟子検査にも合格した。しかし、ここで彼の頭にフッと疑問が浮かぶ。

「オレはまだまだ勉強したかったし、もし相撲取りになるにしても輪島さんのように大学を出てからでも遅くはない……」
 
 荷物をまとめて故郷の山梨に戻ってくると、世間の目は恐ろしく冷たかった。
「田舎に帰ってきたら、中学の先生が“オマエは稽古の厳しさに耐えられなくて戻ってきたんだろう”というわけ。もうオレがいくら“勉強したかったから”といってもわかってもらえないんだ。“よーし、こうなったら、どんなスポーツでもいいから、この先生を見返してやろう”。そこでオレのハングリー精神に火がついたんだ」

 日川高校ではラグビー、バスケットボールに熱中した。バスケットでは3年連続でインターハイに出場し、最後の年には山梨県の旗手まで務めた。バスケットの実績を買われ、中央大学にも入学した。しかし、彼の心には満たされぬ思いが残った……。

※このコーナーでは各スポーツの栄光の裏にどんな綿密な計画、作戦があったのかを二宮清純が迫ります。全編書き下ろしで毎週金曜日にお届けします。



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