「恵まれ過ぎることは恵まれないことよりも劣る」
 これは数ある“野村語録”のなかでも白眉といっていいのではないか。
 今年限りで東北楽天監督を退任する野村克也は今から55年前、テスト生として南海に入団した。契約金はゼロ、初任給は7000円で「背広一つ買えなかった」という。
 いつだったか本人から、こんな苦労話を聞かされた。
「プロの世界に憧れてチャレンジしたのですが、とにかく食っていけない。7000円の給料から合宿費を3000円引かれ、朝ごはんはどんぶり飯と味噌汁だけ。これでは体がもたないと思って卵を追加で頼むとおカネを取られるんです。懐具合を計算しながら食事しないといけなかった……」

 練習環境も劣悪だった。野村によれば、ピッチングマシンはない、打撃コーチはいない、雨天練習場はないのないない尽くし。キャンプでの打撃練習も、レギュラー以外は一日5スウィングまでしか許されなかったという。
 今なら「特打」と称して朝から晩までボールを打つことができるが、泣いても笑っても5スウィングだけ。必然的に一球一球を大切にするようになり、工夫する気落ちが育まれていったと野村は語る。

「バッティングが上達したければ、ひと振りずつの感触を確かめ、そのなかから“これだ”という感触を体得しなければならない。目的のない練習なんて一つもない。そのことを恵まれない環境から学びましたね」

 親子ほど齢が離れているが、野村とイチローには共通点がある。それは道具を大切にするところ。少年野球の指導で「どうすればうまくなれますか?」と聞いた少年に、イチローが「うまくなりたかったら道具を大切にしなさい」と答えるのを見たことがある。
 モノが溢れている時代、次から次へと与えることは、逆に子供にとって不幸なことかもしれない。

<この原稿は「週刊ダイヤモンド」2009年11月7日号に掲載されました>
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