うれしさも 中くらいなり おらが春
 そう詠んだのは俳人・小林一茶だが、「おらが春」の部分を「おらが夏」にかえれば、そのまま国民の気持ちを代弁する句になるのではないか。

 ワールドカップ史上初めて決勝トーナメント進出を果たした日本代表は、6月18日、杜の都(宮城スタジアム)でベスト8進出をかけてトルコ代表と戦い、善戦虚しく敗れ去った。
 まるで雨に打たれて桜が散るのを見ているようだった。全国各地から杜の都に集まった5万人近いサポーターは、この敗北を驚くほど静かに受け入れた。彼らの表情には程良い達成感と、その裏返しの虚脱感が漂っていた。
 唯一の失点は、信じられないようなミスから生じた。DF中田浩二があろうことか自陣でトルコのFWハカン・シュキュルに誤ってパスを送ってしまった。かろうじてボールをゴールラインの外に蹴り出したが、右コーナーキックをトルコに与えた。エルギュンが蹴ったボールは弧を描いてゴール前へ。これをモヒカン頭の男が頭で合わせた。セリエAのACミランでプレーする186cmの長身MFユミト・ダバラだった。高い打点でのヘディングシュートはそのまま真っ直ぐゴールネットに突き刺さった。
 直後、スタジアムのスクリーンでこの得点シーンが再現された。驚いたことに長身のユミト・ダバラを誰もマークしていないのだ。もちろん競ってもいない。長身FWハカン・シュキルを見張っていたということもあるだろうが、まるでエアポケットのようにユミト・ダバラの周囲だけがポッカリと空いていた。
 たったひとつのミス、ほんの一瞬の油断が「死」を招いた。それがワールドカップの現実であり、フットボールの真実だった。

 指揮官フィリップ・トルシエの采配にも疑問が残った。このゲーム、日本はFW西澤明訓のワントップ、すなわち従来の3−5−2システムを捨て3−6−1システムで臨んだ。いくらグループリーグでの戦いぶりで日本のシステム、戦術が敵に筒抜けになっているとはいえ、果たしてこの期に及んで冒険をおかす必要があったのか。
 しかも西澤は5月に遠征先のスペインで急性虫垂炎の手術を受けたばかり。ここまでの3試合では一度も出場のチャンスがなく、同じく今大会で初めてスタメン出場した三都主との連係という点でも不安をのぞかせた。
 これについて最も手厳しい批判を行なったのはアントラーズ総監督のジーコ氏だろう。
「監督というのは絶対の権限がある。だが、試合をするのは選手で、監督ではない。1次リーグ突破に貢献した選手を外し、今さらテストもないだろう」(日刊スポーツ6月19日付)
 慣れないポジションでの起用ながら三都主は指揮官の期待によく応えていた。トルコのDFは誰よりも三都主の突破にてこずっていた。前半終了間際には見事なフリーキックを披露した。惜しくもクロスバーに嫌われたが、彼のプレーは、そのひとつひとつが得点の予感をふんだんに漂わせるものだった。
 しかし、後半、ピッチから忽然と姿を消した。なぜなのか。スタミナが切れたわけでもない。均衡状態を打開するため、あるいは失点を挽回するため、後半に入って三都主という攻撃のカードを切るのなら理解できる。だが、指揮官は前半で見切りをつけた。将棋にたとえていえば、大駒を早めに動かしたはいいが、さぁ勝負という時に盤から消えていたようなものだ。頭から使うなら使うで、後半に入っても彼の可能性に賭けるべきだった。
 まだある。三都主と並ぶ攻撃の切り札・森島寛晃の投入も遅すぎた。さっかくの切り札も、5分程度の持ち時間では結果を出すことはできない。彼の可能性に賭けるなら、せめて20分は時間を与えてやるべきだった。
 さらにいえば、稲本潤一の後半交代も疑問が残るものだった。確かに彼の前半の動きはよくなかった。初戦、2戦目の出来が素晴らしかっただけに物足りなさを感じたのは事実である。しかし、1点を追いかける展開で、突破力があり、正確なシュートを打てる彼を退けるという選択は、さらに得点の予感をしぼませるものだった。参考までにいえば、初戦のベルギー戦、2戦目のロシア戦ともに彼は後半にゴールを決めている。それとも、こちらが知らない間に、彼の体に何か異変が生じていたのだろうか……。

 日本とトルコ。正直な感想を述べれば、彼我を隔てた壁は越えられないほど高くはないが、またげるほど低くもなかった。
 トルコには「組織」に加え、強力な「個」があった。ハカン・シュキュル、ハサン・サス、バストゥルクの3人が織りなす前線のコラボレーションは、たとえばブラジルの3R(ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ)のような華麗さこそないものの、16分音符から4分音符、さらには8分音符まで加わってくる「トルコ行進曲」を連想させる快活さとたくましさに満ちあふれていた。またトルコはアウェーでの戦い方にも慣れていた。2000年の欧州選手権では敵地でホスト国のベルギーを破っているだけあって、冷静で老獪だった。
 後半、守りに入るといってもゴール前に城壁を築くのではなく、真綿で首を絞めるように日本からボールを奪い取った。ボール支配率こそ日本のほうが上回っていたが、危険なスペースを消し、ラストパスを封じ、ボールホルダーを潰すという献身的な作業にも怠りはなかった。
 降り続く雨。光る芝。スリッピーなピッチも日本の選手たちの足元を狂わせた。ミスパスが相次ぎ、頻繁にボールの所有権の名義変更を余儀なくされた。こうした滑るピッチで、きちんとボールをコントロールできてこそ、スキルの名に値する。ミスパスが相次いだのは運がなかったからでも、精神面が弱かったからでもない。厳しい言い方になるが、ピッチや天候の状況に左右されない本当の技術を、まだ日本の選手たちは持ち合わせていなかった。残念だが、ベーシックな技術でも日本はトルコに負けていた。

 それでも日本代表の戦いぶりは称えられてしかるべきだろう。目標の決勝トーナメント進出を果たしたばかりでなく、攻守の切り換えの速いコレクティブなサッカーは、海外のメディアからも高い評価を受けた。雨の中、ピッチを去る23人に、スタンドを埋め尽くしたサポーターのほぼ全員から惜しみない拍手が贈られた。中には「トルシエ・ニッポン」と大声で叫んでいる若者もいた。翌日の朝刊は、どこも示しあわせたように「感動を、ありがとう」と言わんばかりの見出しを掲げた。タカ派と呼ばれる新聞も、リベラルと呼ばれる新聞も。主張よりも協調。良くも悪くもこれが日本の姿なのだ。
 グループリーグでの日本代表の戦いぶりを振り返ってみよう。日本はベルギー、ロシア、チュニジアとともにH組に入った。突出した国はないものの、逆にいえばどこにも決勝トーナメント進出のチャンスはあった。“ドングリの背比べ”のようなグループである。
 6月4日、ベルギー戦。埼玉スタジアム。
 一発殴られて、やっと目が覚めたのか。後半12分、ウィルモッツに先制ゴールを許してから、俄然、日本の動きがよくなった。それまでは裃を着て床の間に座っているようなサッカーをやっていた。慎重にやろうとの意識が逆にミスを誘発し、自ら金縛りにあっているように映った。
 それだけに失点直後のFW鈴木隆行の同点ゴールは価値があった。敵地で先制したという油断もあったのだろうか。ゴール前にできたちょっとしたスペースに小野伸二からのクロスを追った鈴木が走りこみ、試合を振り出しに戻した。この時間にとったからこそ、日本は勢いづいたのである。
 さらに後半22分には中盤で稲本がパスカットしたこぼれ球をFW柳沢敦が拾い、稲本にパス。これをドリブルで切り込み、DF2人をかわして左足でネットに突き刺した。この後、ベルギーは同点に追いつき、試合は2対2で終わった。ともに勝ち点は1ずつ。
 惜しむらくは、後半41分、稲本が右サイドを突破し、強引にねじ込んだ“幻のゴール”。勝ち越しかと思われたが、相手DFと競り合った際、スパイクの裏を見せたためファウルをとられた。この判定には日本中が激怒した。
 この試合では日本の弱点も白日の下にさらされた。ベルギーはトルシエ・サッカーの基本戦術であるフラット3の弱点を見抜き、計ったようにラインの裏にパスを出してきた。2点目の失点は森岡隆三から宮本恒靖に代わった直後のものだが、宮本はラインを早く上げようとし、そこを狙われた。ベルギーのセットプレーには冷や汗が出た。競っても首ひとつ高く跳ぶのだ。ヘディングシュートが1本も決まらなかったのは不幸中の幸いだった。

<この原稿は2002年8月号『月刊現代』に掲載されたものを再構成したものです>

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