内村のNPBでの生活は育成選手からスタートした。独立リーグのBCリーグからは初のNPB入りだった。育成選手制度は2006年から導入されたシステムである。年俸は最低440万円以上が保障される支配下登録選手と異なり、240万円〜300万円程度。1軍の試合には出られない。中には山口鉄也、松本哲也(いずれも巨人)のように支配下登録されて新人王にも輝いた選手もいるが、2軍の試合にすらほとんど出られず、ユニホームを脱ぐ選手も少なくない。また、独立リーグでは四国アイランドリーグや関西独立リーグも含め、これまで36名がNPBの門をくぐった。しかし、内村のように1軍に定着している選手は皆無だ。その意味では彼は育成の星であり、独立リーグの星でもある。
「BCリーグで長いシーズンでたくさん野球ができたのは大きかった」と内村は振り返る。独立リーグはリーグ内の公式戦に加え、NPB2軍との交流試合もある。その中で「NPBに入ればいける」との手ごたえをつかんだ。
「実際に対戦してみて、正直、2軍の選手は恵まれた環境で練習していて、この程度かと感じたんです。オレならもっとできると」

 育成ドラフトで指名を受けてからは支配下登録、そして1軍で活躍するためには何をすべきか考えて練習してきた。
「育成選手なんて普通のサラリーマンより給料が低い。それなのにプロだと言っていたらダサいですよ。1軍でプレーして周りに認められるのが本物のプロ。フューチャーズ(イースタンリーグの混成チーム)の試合で他のチームの育成選手と一緒になることもありましたけど、ブランドもののバックを持っていた選手もいたんです。僕なら恥ずかしくて持てないですよ」
 
 1年目の7月、シーズン中の支配下登録期限(7月末)ギリギリで育成選手から昇格した。当時の野村克也監督は守備力と足の速さを高く買った。
「実際に使ってみると、まぁ足が速い。楽天のベンチは3塁側にあるからセカンドが正面に見える。一、二塁間や二遊間、“もうアカン”というヤツをチャーッと出てきてどれだけ止めてくれたことか」

 守備にはプロ入り前から自信があった。だが、NPBに入ってすぐ、2軍で永池恭男内野守備走塁コーチから徹底的にダメ出しを受けた。
「守備はアマチュア時代。あれこれ言われたことはなかったんです。でも、永池さんからは足の運び、グラブの出し方、スローイングまで全部注意されました。最初は“ムカッ”と感じることもありましたが、そこで基本を教わったことが良かったと思っています」
 昨季、セカンドでは69試合に出場して失策はゼロ。岩村明憲、松井稼頭央の元メジャーリーガーによる三遊間コンビが注目を集める今季の楽天だが、二塁には背番号0の小柄な内野手が定着しそうな勢いだ。

 楽天は今季から星野仙一監督が指揮を執る。
「小さい頃にテレビで見ていた影響で、怖い人というイメージがあります。でも勝つためには、そういう厳しさも必要でしょう」
 一昨年に初のAクラス入り(2位)を果たしたチームは昨季、最下位に沈んだ。「ベンチの雰囲気がどこか緩んでいた。一体感がなかったですね」。他の主力選手同様、内村もチームの微妙な変化を感じていた。

 星野監督は機動力野球を前面に押し出す考えだ。俊足の内村にとっては自分の持ち味を生かしやすい。前任のマーティ・ブラウン監督は盗塁にも1球1球サインを出し、なかなか自由に走れなかった。
「それでも一昨年と同じ個数(10個)の盗塁ができた。今年も同じくらい試合に出られれば、30盗塁はできると思っています」
 2月の久米島キャンプ、紅白戦では早速、3盗塁を決めた。新指揮官の目指す野球を実践しつつある。

 今季初の対外試合となった20日の巨人とのオープン戦。9番・セカンドで出場した内村は3回、無死1塁の場面で3塁前にバントを転がした。これがサードの悪送球を誘い、一気に1塁走者が生還。この日、チーム唯一となる得点につなげた。
「セーフティ気味で、うまく転がすことができました。いいスタートが切れました」
 守備でも雨でグラウンドがぬかるむ中、センター前に抜けそうな打球に素早く追いつき、アウトにした。
 
「まずレギュラーとして、ずっと試合に出たい。試合に出られれば、結果は後からついてくると思います」
 月給10万円程度だった独立リーグから這い上がってきただけに、ハングリー精神は人一倍だ。将来の夢は1億円プレーヤー。163センチの小さな体はでっかい夢を抱いている。
 
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内村賢介(うちむら・けんすけ)プロフィール>
 1986年3月17日、東京都出身。右投両打の内野手。山梨学院大付属高、JFE西日本を経て07年、BCリーグ・石川に入団。全試合に出場して初代盗塁王に輝き、チームを優勝へと導く。同年秋のドラフトで育成選手として楽天に指名され、BCリーグ出身者として初のNPB選手になった。身長163センチと小柄ながら俊足と守備力を買われ、08年7月に支配下登録。8月に1軍デビューを果たした。その後も代走や守備固めでベンチには欠かせない存在となり、昨季途中からは打撃力の向上もあってスタメン出場が増加。自身最多の111試合に出場した。昨季までの通算成績は220試合、打率.278、30打点、29盗塁。背番号0。

(石田洋之)
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