なでしこの花言葉には「純愛」、「大胆」、「勇敢」の3つなどがあるそうだ。
まさに世界一になった「なでしこジャパン」(サッカー日本女子代表)にぴったりではないか。
ワールドカップの決勝の相手は世界ランキング1位の米国。これまで日本は24戦し、0勝21敗3分け。まともにぶつかったところで勝ち目のない相手である。
しかし、なでしこのハッピーエンドを予感していたのは、きっと私だけではなかったはずだ。それほどまでに、今大会のなでしこの成長は著しく、決勝に至るまでの戦いぶりは神懸かっていたからだ。

決勝の前、予想を立てた。0対0、つまりスコアレスの時間が長く続けば続くほど日本にとっては有利だろう、と……。
案の定、米国はキックオフと同時に猛攻を仕掛けてきた。先取点を取り、その余勢を駆って一気になでしこを押し潰そうとの作戦だ。
米国の攻撃は迫力があった。一人ひとりがパワフルでスピーディー、個人技もしっかりしている。
さすがワールドカップ優勝2回、オリンピック優勝3回の女子サッカーきっての強豪国だけのことはある。
しかし、攻めても攻めてもゴールが割れない。運もなでしこに味方した、前半29分に米国のエース、アビー・ワンバックが放った左足のシュートはクロスバーに跳ね返された。
日本も時折、パスをつなげて反撃を試みるが米国の堅固な最終ラインを寸断するまでには至らない。
前半は0対0。日本にとっては願ったりかなったりの展開だ。
均衡を破ったのは米国。後半24分、日本は一瞬のスキを突かれた。ミーガン・ラピノーの絶妙な縦パスに抜け出したアレックス・モーガンが左足で合わせた。
しかし、これくらいで音を上げるようななでしこではない。彼女たちは虎視眈々とチャンスをうかがっていた。
36分、代わったばかりの永里優季のクロスに、これまた代わったばかりの丸山桂里奈が飛び込んだ。この執念が米国を慌てさせた。ゴール前でアレックス・クリーガーがボールの処理を誤り、詰めていた宮間あやが左足で押し込んだ。
幸運も手伝っての同点ゴールではあったが、ゴール前に詰めていた宮間の嗅覚と粘りは、どれだけ褒めても褒め足りない。
この泥臭さこそが、野に咲くなでしこの最大の持ち味である。逃げ切れなかった米国と追い付いた日本。明らかに日本に風が吹いていた。
延長戦も先にリードを奪ったのは米国だった。前半14分、モーガンのマイナスの低い弾道のクロスにワンバックが頭で合わせた。
クロスを相手に上げさせてしまったこと、ワンバックをフリーにさせたことは明らかな日本のミスだ。米国の波状攻撃を受け、マークの確認がおざなりになった点は悔やまれる。
しかし、この1点も致命傷にはなるまいと思われた。延長の後半だけで、たっぷり15分の時間があり、最低でも5回くらいは決定的なチャンスがつくれるという確信があったからだ。
勝つことをなかば義務付けられた米国と、失うもののない日本。リードこそしていたものの、米国の選手たちの表情には不安の色が浮かんでいた。
そこを、なでしこは見逃さなかった。延長後半12分、日本はコーナーキックのチャンスを得た。
キッカーは精度の高いキックを誇る宮間。彼女はコーナーに走る際、キャプテンの澤穂希に声をかけた。
「ニアに蹴るからね」
宮間は澤がニアポストに走り込みたいことを察していた。
宮間の絶妙なコーナーキックがニアポスト付近へ。DFレイチェル・ベーラーの一歩手前で澤が躍動した。右足のアウトで引っ掛け、守護神ホープ・ソロの頭上を抜いたのだ。
私も長い間、サッカーを見ているが、あれほど芸術的なゴールを見たのは久しぶりである。しかもワールドカップの決勝、それも土壇場で。まさしく乾坤一擲のゴールだった。
PK戦を前に、なでしこたちは笑っていた。PKを苦手とする澤が佐々木監督に「一番最後に蹴らせて」と告げると、周囲が「澤さん、ズルイ」とまぜっ返したのだという。
決勝のPK戦。ハダシで逃げ出したくなるような場面で普段着の会話ができるところに、このチームの強さとたくましさを垣間見たような気がした。
どこにでもいそうな普通の日本人女性がなし遂げた世界一という快挙。この国の再興のヒントがここにある。
<この原稿は2011年8月23日号『経済界』に掲載されたものです>
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