悔しい銀メダルだった。
 9月にトルコ・イスタンブールで開催されたレスリングの世界選手権。男子フリースタイル66キロ級に出場した米満達弘は目標を「優勝」に定めていた。五輪で20個の金メダルを獲得したお家芸も今は昔。フリースタイルの日本男子勢は世界選手権で30年間、頂点に立ったことがなかった。
「世界チャンピオンという響きもいいし、日本レスリング界で30年ぶりというのは素晴らしいこと。歴史をつくるつもりで臨みました」
 過去2度の世界選手権は銅メダルと初戦敗退。前回大会は直前にコンディションを落として失敗しただけに、今回は万全の体調でトルコへ乗り込んだ。五輪前年の世界選手権はその出場枠を争う戦いでもある。5位以内に入ることがその条件だった。初戦の2回戦、3回戦と米満は危なげなく勝ち上がり、ベスト4、すなわち五輪出場枠の確保を懸けて準々決勝に進出した。

 誰にもできないタックル

 この準々決勝を米満は「最大のヤマ」と見ていた。なぜならトーナメント表を見る限り、アゼルバイジャンのヤブライル・ハサノフが勝ち上がってくることが予想されたからだ。ハサノフは2年連続で欧州選手権とゴールデングランプリ決勝大会でチャンピオンになっている。「66キロ級の中でも一番強い」と米満がみていた強敵をいかに倒すか。歴史をつくるには越えなくてはならない関門だった。

 試合は米満が得意のタックルでポイントを奪うものの、危ないシーンもあった。飛び込んだところを逆にハサノフに返され、ポイントを失ったのだ。
「予想外でしたね。ちょっと焦りました。“やっぱ、強いな”と思いましたね(笑)」
 米満は「自分のタックルは絶対に他の選手にはできない」と語るほど、タックルには大きな自信を持っている。その理由は彼の身体的特性に依る。168センチの身長ながら、リーチが異様に長いのだ。しかも体は柔らかくてバネがある。相手が少しでもスキを見せれば、低い姿勢をキープしつつ、長い腕が足や腰にグイッと伸びてくる。
「タックルのタイミングが違って、やりにくい」
 対戦した選手たちが一様に、そんな感想を漏らすほどだ。

 ポイントは4−4の同点のまま、第1ピリオドはラスト4秒。息詰まる展開にも米満は冷静だった。
「予想外のことなんて試合はいっぱいありますからね。タックルを返されたことは深く考えないようにしました。それよりも次にタックルを取ることに集中したんです」
 左構えのハサノフは左足が前に出る。その足をすくう機会を虎視眈々と狙った。
「頭の中でイメージはできていました。あとは流れの中で体が勝手に反応していました」 
 思い切って相手の懐に入ると左足を抱え込んだ。そのまま相手の体勢を崩し、後ろに回り込む。これでポイントを奪い、ピリオドを制した。

 勝敗の分水嶺となった第1ピリオドを制したことで流れは一気に米満にきた。第2ピリオドもタックルでポイントを獲得し、勝利を決定づけた。「最大のヤマ」を越えた25歳は準決勝でも得意技が炸裂する。ブルガリアのレオニド・バザンに計6度のタックルを決めた。1ピリオドも落とすことなく決勝へ。日本男子にとってはファイナルに進むこと自体、1995年の62キロ級・和田貴広(現国士舘大コーチ)以来、16年ぶりの快挙だった。

 作戦負けだった決勝

 日本レスリング界の歴史に新たな1ページを記すまで、あと1勝。金メダルを懸けて顔を合わせたのはメディ・タガビ・ケルマニ(イラン)だった。
「(トーナメントの)反対側のブロックには北京五輪の金メダリストも銀メダリストもいました。しかも昨年の世界選手権のチャンピオンもいたんです。タカビは一昨年の優勝者ですが、誰が勝ち上がってくるかは想像がつきませんでした」
 
 激戦を勝ち抜いてきたのがタカビと知り、米満は正直、「優勝はもらったな」という気持ちが芽生えていた。タカビとは去年の広州アジア大会決勝でも顔を合わせ、タックルを次々と決めて勝っている。相手もタックルを得意とするが、攻め合いなら負けない。表彰台のてっぺんに立つイメージは完全にできあがっていた。

 ところが――。
「勝手が違いましたね」
 タカビは徹底して守ってきた。アジア大会で敗れたのがよほど悔しかったのだろう。米満のスタイルをよく研究していた。
「相手は攻める気ゼロで、完全なカウンター狙いでした。熱い勝負は挑んでこなかった……」
 亀のように防御を固めた選手を崩すのは容易ではない。打開策が見つからないまま、強引にタックルを仕掛けたところを返され、ポイントを奪われた。第1ピリオドを落とし、第2ピリオドも攻めきれないまま、延長戦へ。抽選で守備側にまわり、ツキにも見放された。タカビに持ち上げられて万事休す。このピリオドも失い、金メダルを逃した。

「世界のトップレベルになると戦略の勝負になる。その部分にスキがありました。でも、考え方によっては、これも五輪で勝つための課題を与えてくれたのかなと。もし、ここで勝ったら課題が見つからないままロンドンに行っていたかもしれない」
 タカビ戦は完全なる作戦負けだった。ただ、無念の敗戦で得たものは小さくない。防戦に徹する相手をどう崩すか研究する機会が与えられたのだ。対策はまだ明かせないが、帰国後、それはほぼできあがりつつある。五輪のレスリングで日本男子は88年ソウル五輪以来、金メダリストが出ていない。ロンドンで金を獲るための銀メダル――イスタンブールでの苦い経験を今はそうとらえている。

(後編につづく) 

米満達弘(よねみつ・たつひろ)プロフィール>
1986年8月5日、山梨県生まれ。中学時代は柔道で全国大会に出場し、韮崎工高でレスリングを始める。3年時にグレコローマン60キロ級で全国高校グレコローマン選手権と国体を制覇。拓殖大に進学後、4年時には世界学生選手権フリースタイル66キロ級で優勝。学生2冠(全日本学生選手権、全日本大学選手権優勝)を達成し、同年の全日本選手権も初制覇する。自衛隊入隊後の09年、初出場となった世界選手権では3位入賞。10年の同選手権は初戦敗退に終わったが、アジア大会ではフリースタイルでは日本男子16年ぶりとなる金メダルに輝く。9月の世界選手権では銀メダルを獲得。同級での2012年ロンドン五輪の日本の出場枠を確保した。身長168センチ。

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(石田洋之)
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