
名実ともに日本女子ラグビーの顔になり得る選手だ。
7人制ラグビーが2016年リオデジャネイロ五輪から正式種目に採用され、女子ラグビーにスポットライトが当たりつつある。五輪出場へ向け、中心メンバーとして期待されるのが、23歳の鈴木彩香である。
ゲームをつくる貴重な存在 モデルを思わせるような顔立ちと、168センチのスラッとした体型は私服ではラグビー選手とは思えない。しかし、ひとたびグラウンドに出れば、その姿は一変する。
「もっと低く!」「ここ守るよ!」
大声で仲間に指示を出してボールを巧みにまわし、激しいタックルもいとわない。
楕円のボールと初めて出会ったのは小学校2年生の時だ。公園で近所のおじさんに誘われてタグラグビーを始めた。翌年から本格的にラグビーにも挑戦し、競技歴は14年になる。男子と比べれば競技環境がまだ整っていない女子において、このキャリアは短くない。
「ラグビーをよく知っているし、慣れている。プレーメーカー、ゲームをつくる存在として貴重です。しかも身長がありますから、ただ単にボールを展開するだけでなく、タックルにもガンガン入れる。これからが本当に楽しみな選手ですね」
セブンズ代表ヘッドコーチの浅見敬子は、そう評する。自身もSOとして長く日の丸をつけて活躍してきた。この浅見と入れ替わるように鈴木は2007年に17歳でセブンズ代表に初めて選ばれ、09年にはドバイで開かれたセブンズW杯にも出場した。15人制代表にも10代の頃から選ばれている。
タグラグビーから鈴木と一緒にプレーしてきた鈴木陽子は、4つ年上の先輩について「動物にたとえるならライオン」と明かす。彼女も現在、セブンズの代表候補だ。
「クラブチームにいた頃からリーダーシップがありましたし、代表でも声とプレーでチームを引っ張ってくれる。アタックもすごいし、タックルしてボールを奪いに行く時は、まさにライオンみたいに相手に襲い掛かるんです」
闘争心の強さは折り紙つきだ。男子と一緒にプレーしていた小学生時代にはこんなエピソードもある。ある試合で大柄な男子と接触し、足首を捻挫した。痛くてすぐには立ち上がれない状態だったが、「ここで負けるわけにはいかない」と鈴木は足をひきずりながら出場を続けた。しかも、スイッチが入ったように動きはさらにキレを増し、トライを量産。負傷しているのが信じられないような働きぶりだった。
責任感の強さが裏目に
実績、キャプテンシー、気持ちの強さ……。10年の広州アジア大会では代表の主将を任された。16年のリオデジャネイロ五輪を見据え、メンバーは若手主体だった。目標はもちろん優勝だ。しかし、経験の少ない選手が多いせいか、練習でも試合でもミスが目立つ。それが鈴木には許せなかった。
「こんなプレーでは勝てないよ!」
主将としての責任感も高じて、チームメイトをたびたび叱りつけた。
もし、これが熟成されたチームであれば、主将の厳しさは組織を引き締める上で有効だっただろう。ただ、若いチームにおいては、その厳しさがかえって選手を萎縮させ、不協和音を生むこともある。アジア大会本番に入ってもチームはどこかぎこちなく、思い描いていたような試合ができない。鈴木の熱いキャプテンシーは裏目に出てしまっていた。
結果は決勝トーナメント初戦で香港に敗れての5位。メダルはおろか、強豪の地元・中国やタイと対戦することすら叶わなかった。やり場のない悔しさで胸がいっぱいになった。
このアジア大会の敗戦をきっかけに、順調にキャリアを重ねてきた鈴木自身の歯車も狂い始める。右ハムストリングの肉離れなどケガにも見舞われ、翌11年には代表落選を経験するのだ。
「ショックでした。世界と戦いたい、試合をしたいと私が誰よりも思っているはず。経験だって負けていないのに……」
ラグビー人生で初めてとも言える挫折だった。
中心選手を敢えて代表から外した意図はどこにあったのか。浅見は「目の前の大会のことだけを考えれば彼女を選んだでしょう」と語り、「でも……」と言葉を続けた。
「その頃はコンディションも悪く、運動量が落ちていた。特にセブンズの場合、1日に何試合もやります。最後の最後、決勝の20分間で勝てるチームになるには、スキルよりも心身のタフネスが求められます。そういったジャパンのポリシーを本人にも理解してもらって、自分を見つめ直してほしいと思いました」
弱点と向き合い、他人を受け入れる 鈴木は代表から外れた事実をなかなか受け入れられなかった。コーチ陣のメッセージを素直に聞き入れることができず、「なぜ」「どうして」という疑問ばかりが頭の中にうずまいていた。しかし、いくら他人を恨んだところで代表に戻れるわけではない。再び代表のジャージを着るには何をすべきか。必然的に、これまで目を閉ざしてきた自分の弱点と向き合い始めていた。
他人と過去は変えられない。しかし、自分と未来は変えられる。まず鈴木は日々の生活から自己管理を徹底するようになった。故障がちだった体を改善すべく、これまで以上にストレッチやケアに時間を割いた。同時にウエイトトレーニングでフィジカル強化にも務めた。自らに対する意識が変わると他人への接し方にも変化が起きていた。
「自分の弱さに気づくと、他人の弱さを受け入れられるようになりました。むしろ、それがいとおしく感じるんです。みんな誰しも弱いところを持っている。アジア大会の時は他人の弱さを責めてばかりいました。“なんでできないの?”って。でも、そもそも、お互いの良いところを生かしてチームとして戦うのがラグビーというスポーツですからね。そう考えると、以前よりも自然体でチームメイトと接することができていると思います」
心身ともに一回り大きくなって代表復帰した鈴木は、この10月、インドで行われたセブンズW杯アジア地区予選に出場した。ボールを持てば他人をうまく使いながらチャンスを演出し、泥まみれになりながら相手へのタックルを繰り返す。今まで以上に献身的にチームに尽くす鈴木がそこにいた。日本は準決勝で強敵のフィジーに敗れたものの、3位決定戦でカザフスタンを破り、3位で13年6月にモスクワで開催される本大会の切符を手にした。
「代表に帰ってきてうれしい。ラグビーをやれることがうれしいと改めて感じているのではないでしょうか。また一段階、成長したようにみえますね」
軸となる選手の“復活”に浅見はそう目を細めた。
One For All, All For One――ラグビーで最も大切な精神を表すこの言葉の意味を、挫折を経て改めて理解できた。
「ひとりじゃラグビーはできない」
桜のジャージを身にまとい、日本のために、そして仲間のために、鈴木は楕円のボールを追い続ける。
(後編につづく)

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鈴木彩香(すずき・あやか)プロフィール>
1989年9月30日、神奈川県生まれ。立正大学ラグビー部所属。ポジションはSO。小学2年でタグラグビーをはじめ、翌年からラグビーに本格的に取り組む。中学時代はラグビーを続ける傍ら、陸上部にも所属し、100メートルハードルで県大会優勝、全国大会にも出場。中学2年よりユース強化一期生に抜擢され、海外遠征を重ねる。07年の香港セブンズで初代表に選出。関東学院大に進学後、09年にはセブンズW杯に出場。7人制、15人制の両方で日本代表の中心選手となる。12年より立正大大学院に進み、10月のセブンズW杯アジア地区予選では13年本大会の出場権獲得に貢献した。168センチ。
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