WBCが開幕し、この週末は昼から晩までテレビで野球漬けという燕党も少なくなかったのではないか。2日は15時から札幌ドームでの北海道日本ハムとのオープン戦。19時からは両チームに東京ヤクルトの選手がいるWBC1次ラウンドの日本代表−ブラジル代表。そして20時30分からはウラディミール・バレンティンがオランダ代表として出場した韓国戦……。3日は12時30分からのブラジル代表−キューバ代表に始まり、13時からは日本ハムとのオープン戦があり、14時30分からはオランダ代表−香港代表が始まった。そして夜は日本代表−中国代表……。試合に合わせてチャンネルをコロコロ変えるだけでも大変だったと推察する。
その中でもヤクルトファンがワクワクドキドキした試合は、2日の日本代表−ブラジル代表だったのではないか。ブラジル代表の先発はラファエル・フェルナンデス。4番には松元ユウイチが座った。5番には元ヤクルトの佐藤次朗(ツギオ)がいた。
対する日本代表のスタメンマスクは相川亮二である。捕手で4番として期待されていた阿部慎之助が直前に右ヒザを痛め、先発の機会が巡ってきた。
「僕は阿部君のサブです。立ち位置は分かっている」
代表候補に招集されて以降、相川はサポート役に徹する考えを繰り返し、口にしてきた。
しかし、直前の実戦での活躍ぶりは、阿部のサポートどころか、侍ジャパンを牽引したと言っても過言ではない。23日のオーストラリアとの壮行試合では、途中出場ながら8回に起死回生の逆転3ランを放った。
「僕はホームランバッターではない。セーフティバントでも何とかつなごうと思っていた打席だった」
本人はあくまでも謙虚だったが、山本浩二監督は「打線が機能せず、イヤなムードがあった。それを途中から出て振り払ってくれた」と賛辞を惜しまなかった。
相川の一発で重荷がとれた打線は、翌日のオーストラリア戦では13安打10得点。「昨日の相川の3ランが効いた」と、指揮官は再び前夜のヒーローの名を持ち出した。28日の巨人戦では阿部が右ヒザを痛めて欠場したため、代表合流後、初めて先発で起用され、マルチヒットと結果を残す。リードでも代表の投手陣を先頭打者本塁打による1失点にまとめた。阿部の代役としてではなく、侍ジャパンの扇の要を務められる実力を示してのブラジル戦出場だった。
そのブラジル戦、守りでは田中将大、杉内俊哉、攝津正と自慢の投手陣が軒並み失点し、苦しいリードを余儀なくされた。それでも初回に1点を失った後、同僚のユウイチをダブルプレーに打ち取るなど、ブラジルの4番に仕事をさせなかった。3番のレオナルド・レジナットが3安打と当たっていただけに、ユウイチにつながれていれば、日本はさらなる苦境に立たされていただろう。その点では、手の内を知るチームメイトを確実に封じたことが終盤の逆転劇につながったと言っていい。
ミットをバットに持ち替えても、相川は自らの役割に徹した。「つなぐ気持ちが一番」と2回の第1打席ではフェルナンデスの荒れ球を見極め、四球を選ぶ。4回も2番手のムリーロ・ゴウベアから四球で出塁すると、続く松田宣浩の打席でエンドランのサインにスタートを切って一気に3塁へ。坂本勇人のレフトフライではタッチアップから激走し、一時は勝ち越し点となる生還を果たした。
初戦のブラジル戦、2戦目の中国戦と日本は、決して制球が良くない相手ピッチャーに対し、ボール球に手を出してアウトを重ねているケースが目立つ。相川のように、まずは四球でも塁に出ることを優先すれば、もう少し攻撃がつながっていたのではないか。
ヤクルトのキャッチャーといえば、近年は古田敦也の存在が大きすぎたせいか、相川に対するファンの評価は手厳しいものが少なくない。だが、相川が入団してからの4年間でチームはAクラスに3回入っている。4位だった2010年も勝率は5割を超えていた。この成績は「守りにおける監督の分身」とも言える存在が固定できたことと無縁ではないだろう。
現に横浜時代にバッテリーを組んだ工藤公康は「すごいキャッチャー」と相川のことを認めている。
「バッターがフォークボールを意識しているとみると、真っすぐを3球続けたりします。普通、1球真っすぐでストライクをとると、次はまた別の球種を考えたりするものですが、相手に配球を読む暇を与えない」
ヤクルトの投手陣でも5年連続2ケタ勝利を続ける館山昌平は「相川さんのリードは衝撃的だった」と明かす。
「たとえば追い込んでから釣り球を振らせるというのはよくあるリードです。でも、相川さんの場合は初球から釣り球を使うことがある。高めに速い球を見せておいて、今度はチェンジアップを真ん中に要求するんです。バッターにしてみれば、甘いボールが来たと思って、ついつい手を出してしまうのですが、緩急がついているからタイミングが崩れてしまう。それでフライになっちゃうんですよね」
相川の加入で、それまでヤクルト側の分析やデータでは気づなかった点を勉強できたのは、ピッチングに大いに役立ったと右のエースは感謝していた。
これから対戦するキューバや、2次ラウンド以降で対戦する外国人のバッターは総じて高低の揺さぶりに弱い傾向がある。相川のような釣り球の活用法はひとつの武器になるはずだ。
2004年の北京五輪、2006年のWBCと日の丸のユニホームを背負ってきた。3度目の代表入りだけに、チームの中で何をすべきかはよく理解している。
「3連覇の力になることだけを考えています。その中でチャンスがあれば、いつでも試合に出られるように準備するだけです」
控えめだが、自らの使命を見失うことなく、黙々と来る時へ刃を研ぐ。その姿は侍そのものだ。
鍛えた心と技を糧にして、輝け、相川亮二の野球道――そんな応援歌の如く、この先も侍ジャパンの3連覇への道に相川は輝きを与えてくれるはずだ。そして、今季も燕の要として、代表で培った侍魂をチームに注入するに違いない。
(次回は3月18日に更新します)
(石田洋之)
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