3月31日の東京ヤクルト−阪神は、阪神のドラ1右腕・藤浪晋太郎のデビュー登板で大きな注目を集めていた。
「みんな藤浪を見に来てて、誰も俺を見ていないんだ」
そんな思いを抱いてマウンドに上がったヤクルトの先発は4年目の左腕・八木亮祐である。これまでの実績は昨季、1勝をあげたのみ。「誰も見ていない」は大げさにしても、確かに28,109人の視線はほとんどが藤浪の一挙手一投足に注がれていた。
しかし、試合後、お立ち台でスポットライトを浴びたのは背番号70の八木だった。7回6安打無失点。堂々たるピッチングで猛虎打線を抑え、6回2失点の藤浪に投げ勝った。
ストレートはほとんどが140キロ未満。それだけを取り上げれば、プロでは並のボールである。しかし、100キロ強のドロンと遅れてくるカーブを効果的に使った。緩急をつけることで、バッターはストレートが速く見える。
八木が奪った21個のアウトのうち、実に15個がフライによるもの。うちストレートを打ち上げたものが12個ある。緩いボールを意識させられているだけに、ストレートをとらえても詰まったり、振り遅れる。3打席ともフライに倒れたマット・マートンは打席内で人を食ったようなカーブにイラついているのが明らかだった。
遅れてくるカーブ同様、プロ入り後の道のりも遅れてきた。高校時代の評価を考えれば、もっと早く1軍で投げていても良かったピッチャーだ。愛知・亨栄高では“東海のドクターK”と呼ばれ、3年夏の県予選では1試合で16奪三振を奪ったこともある。甲子園出場はなかったものの、ドラフトは赤川克紀に次ぐ2位指名。大きく期待されてのヤクルト入りだった。
だが、入団後は左肩を痛め、投げることさえできない日々が続いた。その間、取り組んだのは下半身強化だ。2軍の戸田グラウンドをひたすら走り、「ランニング愛好家の八木」と自称するほどの期間を乗り越えた。昨季は2軍でローテーション入りを果たし、ようやく1軍デビュー。順位決定後の試合ではあったが、10月には優勝した巨人相手に7回無失点の好投をみせ、初勝利をつかんだ。赤川、中村悠平、日高亮と同期の高卒メンバーが次々と1軍で成績を収める中、ようやく陽の目を見た瞬間だった。
「そろそろ走ることは卒業して、投げる八木を神宮でお見せしたい」
そう意気込んだ今季も、キャンプでは遅れをとった。2月24日の阪神とのオープン戦では先発を任されながら、初回に7失点の大乱調。2軍での再調整を命じられた。
だが、オープン戦後半に1軍に上がると、2試合連続で4回を無失点と結果を残す。WBCに出場していたオーランド・ロマンの疲労もあり、最後の最後で開幕第3戦の先発が巡ってきた。そんな遅れてやってきた左腕が最初の登板で快投をみせたことは、長いシーズンを戦う上で単なる1勝にとどまらない価値がある。
もちろん、今後も先発ローテーションに入るには宿題がある。「彼の課題は低めのストレート、変化球の制球力」とバッテリーを組んだ相川亮二が明かすように、阪神戦でもボールが高めに浮き、ヒヤッとする打球がいくつかあった。球数も7回で132球は多い。緩急の要となるカーブでカウントを稼げないと、ピッチングはどうしても苦しくなる。本人も「ピンチも多かった。課題だらけ」と語っており、結果を残し続けるには、より精度を高める必要があるだろう。
亨栄高出身の左腕といえば、大先輩に400勝投手の金田正一がいる。入団当初は、金田と同じ背番号34を背負っていた。現在は抑えのトニー・バーネットがつけているが、今後の働きによっては、再び八木の番号になる時も来るはずだ。先発では石川雅規、村中恭兵、赤川、リリーフでは久古健太郎、日高……。カネやんならぬヤギやんが、もっと世間の注目を集める存在になった時、真の左腕王国が誕生する。
(次回は4月15日に更新します)
(石田洋之)
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