
ライアンというニックネームがすっかり定着した。
ドラフト2位ルーキーの小川泰弘である。メジャーリーグで史上最多となる通算5714奪三振をあげた伝説の大投手、ノーラン・ライアンばりに左ヒザを顔の位置まで高く上げる投球フォーム。開幕から先発ローテーションに入って早くも3勝(1敗)をあげ、故障者続出の東京ヤクルトにとって希望の光となっている。
(写真:4月27日の巨人戦では菅野智之とのルーキー対決を制した) ダイナミックな投球フォームに目を奪われがちだが、そのピッチングはルーキー離れしている。
「度胸がいい。全部のボールで勝負できるし、カウント球にもできる」
バッテリーを組む田中雅彦はそう舌を巻く。キレのあるストレートに、カットボール、スライダー、フォークを投げ分け、バッターに的を絞らせない。
ボールはもちろん、堂々としたマウンドさばきは並の新人ではない。抑えても打たれても顔色ひとつ変えることなく、次のバッターに向かっていく。
「いい時も悪い時も試合をつくりたい。切り替えて投げたいと思っています」
4月27日の巨人戦で強力打線を7回2失点に抑えて3勝目をあげた後も、うかれることなく前を見据えていた。
愛知・成章高時代は3年春の甲子園に出場したものの、プロから注目される存在ではなかった。「球は速くないけど、インコースにしっかりコントロールできる」との第一印象を抱いた創価大の岸雅司監督も「当時はプロに行けるとは思っていなかった」と明かす。
たが、小川は人一倍の向上心で頭角を現す。5人兄弟の末っ子として生まれ、苦労して大学に送り出してくれた家族に何とか応えたいとの強い思いがあったのだ。ボールの出所が見えにくくなるよう、野茂英雄のようなトルネード投法を身につけ、入学後の走りこみでストレートの球速も130キロ台から140キロ台中盤にアップした。
何より岸監督が感心したのは、「自ら考え、自ら行動する」姿勢だ。171センチと小柄な体格を最大限生かすべく、通常の練習が終わってから、学外にあるトレーニング施設に通い、寮の門限時間ギリギリまでフィジカルの強化に務めた。
「彼の大学生活に“遊び”の2文字はなかったのではないでしょうか。それくらい野球に没頭していました。だから4年間でプロに行けるような選手に成長したのだと感じます」
トレーニングのみならず、空き時間を利用しては読書をしていたという勉強家。そんな小川が現在のフォームに変えるきっかけとなったのも1冊の本との出合いだった。『ノーラン・ライアンのピッチャーズバイブル』。大学3年春の春季リーグ戦で2敗を喫し、大学選手権出場を逃した後、「もうひとつ上を目指す」ために読み始めた。
「ピッチャーズバイブル」との題名通り、この本には練習法、メンタルトレーニング、フォーム、コンディション調整、食生活といったピッチャーとしての指針がライアン自身の経験を元にまとめられている。中でもフォームに関しては、彼のコーチでもあったトム・ハウスが基本的なチェックポイントを以下のようにまとめている。
1.投球動作の間は軸足の延長線上に頭があること。
2.持ち上げた足が最大限の高さになるまで、上体を前に傾けないこと。
3.足は最大限の高さになるまで持ち上げること。ただし、蹴り上げないこと。
4.アゴからヘソまでの間にある重心点、ここに両手をそろえること。
5.投球動作の間は上体を揺らさない。
6.いつも“高い位置から倒れこむ”投げ方を心がける。ボールを放つ前に体を“沈め”ないことが大事。
7.足を踏み出したときは、つま先、尻、ヒジ、ヒザ、そしてグラブがホームベースから一直線上にあること。腰の回転は、踏み出した足が地面についてから始める。
8.足が地面について、上体を回転させる動きを始めるときには、踏み出した足の親指をほんの少し内側に向けさせること。
小川の投球フォームを見ていると、まさにこの8つのポイントを満たしていることに気づく。特に足を高く上げる分、バランスを崩すと上体が前に突っ込みがちになるが、「キャッチャー方向に行かないようタメを意識している」と本人が語るように、しっかり軸足上に上体が乗っている。そして、地面についた時の足は、やや内側、つまり三塁側を向く。これによって左肩が早く開かないよう抑えているのだ。
このライアン式フォームを誰に言われるわけでもなく、自ら進んで習得し、磨きをかけた。岸監督も最初は「どこで、こんなフォームを見つけてきたんだ」と目を丸くした。そして実戦が始まると、さらに驚かされた。
「フォームが変わってもボール自体が変わったようには見えませんでした。ところが、秋のリーグ戦では8勝0敗で、わずかに自責点1と素晴らしいピッチングをしたんです。球持ちがよくなり、バッターの手元での伸び、キレが良くなった。相手チームは面食らったと思いますよ」
4年時は春にリーグ史上8人目のノーヒットノーランを達成するなど、東京新大学リーグでは無敗を誇った。メジャー324勝右腕を参考にしたフォームも、さらなる試行錯誤を加えた。ライアンは188センチと恵まれた体型から投げ下ろして生まれる剛速球でバッターを牛耳った。だが、小川は先述したように日本人でもピッチャーとしては小さい部類に入る。そこで左足を上げるのと同時に、軸足のかかとも少し上げているのだ。
小川は、この目的を「左足を少しでも高く上げるため」「力まずに腕を振るため」と説明している。ただ、バッター目線で見ると、このかかとを上げる動作がタイミングを微妙に狂わせているように映る。ライアンが高く上げた足をそのまま下ろすのに対し、小川は左足を下ろしながらも、軸足のかかとが着地したところで一瞬モーションが止まるようなかたちになるのだ。これによってワンテンポ、間ができる。22歳のルーキーは、ここでバッターのタイミングを巧みにズラしている。足を上げるフォームの特徴を最大限に生かして投げていると言っていいだろう。
だからこそ岸監督は「小川はライアンのモノマネをしているわけではない。参考にしているだけで、あのフォームは小川オリジナルのものですよ」と話す。
「正直、あの子よりも速いボールを投げるピッチャーはプロならいくらでもいます。キレ味鋭い変化球を投げる変化球を投げるピッチャーもたくさんいるでしょう。だけど、小川がひとつ負けないものを持っているとしたら、あの独特のフォーム。これは他の選手にはマネできない部分だと思いますよ」
恩師の言葉に同意したい。確かにライアンのニックネームで話題にはなったものの、彼はノーラン・ライアンではない。小川泰弘という唯一無二のピッチングスタイルをプロの舞台で確立させようとしている。
「まだまだ始まったばかりです。いろいろな人に支えられて試行錯誤しながらやっています」
本人も本当の勝負はこれからだと自覚している。残念ながら4日の阪神戦では、立ち上がりに一挙6点を失い、プロ初黒星を喫した。守備の乱れもあったが、足を上げるフォームの弱点を突かれ、機動力を絡められた。
長いシーズンは、ようやく1カ月が過ぎたばかり。高く上げる足のごとく、さらなる高みへ自らを進化させ、いつか『小川泰弘のピッチャーズバイブル』が出版されるほどの大投手を目指してほしい。
(次回は5月20日に更新します)
(石田洋之)
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