
「笑顔がアピールポイント」と入団発表でファンに語っていた右腕の顔はマウンド上でこわばっていた。
「後で映像を見ました。だいぶ緊張してひきつっていましたよね」
デビュー登板から数日後、あらためて当日を振り返ってもらうと白い歯をみせて苦笑いした。
(写真:座右の銘は“為せば成る”。次の登板へ黙々と走り込みをしていた) 15日の神宮での埼玉西武戦。先発に抜擢されたのは、2日前に育成選手から支配下選手登録されたばかりの2年目・徳山武陽だった。館山昌平、由規が故障で今季絶望となり、赤川克紀も勝ち星なしと不調でファームでの出直しを命じられた。苦しい台所事情の中、2軍で5試合に登板し、3勝1敗、防御率1.67と結果を残した23歳にチャンスが巡ってきた。
「声援がすごくて、戸田では味わえない雰囲気でした」
育成出身選手が初登板で勝てば、史上初の出来事になる。できたてほやほやの新しい背番号「62」のユニホームに身を包み、注目の中、1軍での第1球を投じた。少し笑みを浮かべ、自らをリラックスさせようとしているように映った。
だが、わずか3球で表情はゆがんでしまう。先頭の浅村栄斗にスライダーをレフトスタンドへ運ばれた。厳しすぎる洗礼。ただでさえ平常心ではいられない状況で、完全に出鼻をくじかれた。
「自分のピッチングが全くできませんでしたね。単に1球1球バラバラに投げているだけで、組み立てられなかった……」
140キロ台のストレートに、カーブ、スライダー、シュート、チェンジアップなどを交え、本人も言うように「組み立て」で勝負するのが身上だ。しかし、強烈な一撃で歯車を狂わされた右腕は、それを元に戻せない。ボールは上ずり、明らかな逆球が目立つ。ストレートの球速も130キロ台と打ちごろだった。これでは持ち味を発揮できない。
先制ソロを浴びた後も、ピンチの連続。初回、2回ともに1死二、三塁と得点圏に走者を背負った。それでも追加点を許さず、踏ん張ってはいたものの、つかまるのは時間の問題だった。ついに3回、2死一、二塁から坂田遼にチェンジアップが甘く入り、左中間を破られる。2点を追加され、3回51球を投げて5安打3四死球3失点。その裏、打順が巡ってきたところで代打を送られ、無念の降板となった。
「悪くても何とかするのが1軍で勝つピッチャー。まだ自分はそのレベルにないと痛感しました」
チームは3−9で敗れ、初登板初勝利どころか敗戦投手に。本人にとっては苦すぎる神宮の夜だった。
ラジオで解説していた名球会投手の工藤公康は「ストレートが決まった上で、変化球を振らせるのが特徴だろうが、ストレートのコントロールがアバウトで変化球で勝負するのがみえみえだった」と指摘する。工藤はピッチャーの投げ方を縦回転と軸回転に大別するが、徳山は上から下に投げおろす縦回転型だ。野茂英雄や佐々木主浩、上原浩治(レッドソックス)らと同系統の投げ方である。
キープダウン――。ピッチャーは低めにボールを集めることがピッチングの基本だ。この日の徳山は、基本の「キ」でつまづいた。「なんとか低めには投げたかったのに、うまくいかなかった」と本人も反省する。
ただし、プロで29年も投げ続けてきた工藤はその重要性を踏まえた上で、縦回転型の投法では「コースにきっちり投げることを、もっと考えるべき」と話す。
「投げおろすタイプのピッチャーが“低く低く”と意識し過ぎると、ヒジが下がってしまって余計にボールがいかなくなる。高低も大事ですが、コース、特にインサイドに徹底して投げる練習をしたほうがいいでしょうね」
そして、同じくヒジが下がるという観点から、シュートの使い方にも注文をつけた。西武戦での徳山は左バッターの外に逃げる変化球としてもシュートを投じていたが、2回は先頭の坂田に三遊間を破られ、簡単にとらえられていた。
「特にシュートは横に曲げようと思い過ぎないほうがいいですね。いいところに曲げようとすると、どうしてもヒジが下がる。だから見極められるんです。シュートはちょっと動かすだけでいい。ストレートと同じ腕の振りでツーシーム気味に投げたほうがいいと思います」
出身の三田学園高には伊勢孝夫ヒッティングコーディネーター、立命館大には古田敦也と、燕戦士として成功を収めた先輩もいる。大学時代のストレートとスライダーを軸にしたスタイルから、プロではカーブや緩急をつけるボールに磨きをかけ、幅が広がった。これが2軍での好成績と、2年目での支配下登録につながった。3回KOといいところがなかった初登板でも、「タイミングを外したりして、いいボールもあった」と荒木大輔投手コーチは一定の評価を下す。
特に3回、無死2塁から中軸の栗山巧、ホセ・オーティズを抑えたシーンに、これから1軍で生き残るためのヒントがあったのではないか。栗山にはインコースへのチェンジアップ、オーティズにも同じく緩い変化球でいずれも内野フライを打たせた。オーティズへの1球はコースこそ甘かったものの、タイミングがズレて打ち損じを誘った。こういったピッチングが狙い通りにできれば、登板後に笑える結果がついてくるはずだ。
「もう1度、チャンスをいただいたので、次こそは自分のピッチングをしたいと思います」
敗戦後も1軍登録は抹消されず、そのままチームに帯同して次の登板を待つ。ファンの知名度は急上昇中で、神宮の室内練習場からクラブハウスまでの帰り道ではサインを求める列ができていた。
「まだ(育成選手時代の)115番と背番号を書き間違えそうになりますね。62番、62番と気をつけていないと(笑)」
ペンを走らせながら汗で輝く笑顔は、確かにセールスポイントというだけあって爽やかだ。一部メディアでは小栗旬似と報じられていたが、ヤクルトでいえば若き日の五十嵐亮太(現福岡ソフトバンク)を彷彿とさせる顔立ちである。次こそはグラウンドでのはじける笑顔で燕党の心をがっちりとつかんでほしい。
(次回は6月3日に更新します)
(石田洋之)
◎バックナンバーはこちらから