10日からの神宮6連戦は、まさにウラディミール・バレンティン一色だった。シーズン本塁打記録更新の瞬間を一目見ようと、敵味方なく、その打席に熱い視線を注ぐ。そんな中、新記録達成前日(14日)の阪神戦、6回表に“事件”が起こった。
(写真:退場した相川からマスクを引き継ぎ、勝利が決まってホッとした表情をみせた)
 2死二塁から福留孝介のセンター前ヒットで、二塁走者のマット・マートンが本塁に突入する。センター上田剛史からの好返球で本塁は完全にタッチアウトのタイミング。しかし、マートンは激しいタックルで相川を突き飛ばしにかかった。

 相川はボールを離さず、本塁を死守したものの、エキサイトしてマートンにつかみかかる。両軍から選手が飛び出し、乱闘騒ぎに発展した。両者とも暴力行為で退場。相川に代わって、マスクを被ったのは11日に1軍昇格した3年目の西田明央だった。

 突然の出番ながらも、21歳のキャッチャーは落ち着いていた。
「ベンチで相川さんのリードから何か盗んでやろうと見ていましたから、いつ出てもいいように心構えはできていました。それに退場になった時は、ちょうど(攻守が)チェンジになったので、ベンチから下がる相川さんから、(先発の)木谷(良平)さんの状態について教えてもらっていたんです」

 7回は木谷、8回は山本哲哉、9回は石山泰稚。3人のピッチャーをしっかりリードし、ヤクルトは2−0と完封リレーで連敗を止めた。中西親志バッテリーコーチは「緊張する場面でよくやってくれた」と西田を褒め称えた。だが、勝利の功労者は安堵の表情を浮かべながらも、ピッチャーを持ちあげた。
「相川さんの一件があって、皆、“負けられない”と気合が入っていました。相川さんの後で何とか0点に抑えられて良かったです」

 抑えればピッチャーの手柄、打たれたらキャッチャーの責任――。キャッチャーは割に合わないポジションである。それを受け止め、チームを引っ張っていく気構えがなければ、扇の要として信頼される存在にはなれない。

「最悪の(スタメン)デビュー戦となりました」
 この2日前の広島戦、敗戦の責任を一身に背負う西田の姿があった。プロ初スタメンとなった試合、バッテリーを組んだ徳山武陽は立ち上がりからボールが甘く、相手打線に次々と痛打を浴びた。初回に3点を失うと、2回にも1点を奪われた。そして3回、相手ピッチャーの野村祐輔にもプロ1号となる3ランを許し、序盤でゲームを壊してしまった。

「ピッチャーに打たれたのが一番の反省点ですね。あそこで抑えていれば、まだ2点差で試合は分からなかった。徳山さんに低く投げるよう徹底できなかったのは僕の力不足です。ファームで一生懸命やってきたつもりですが、まだまだ自分の力が足りないと感じました」
 試合後、悔しそうに言葉を振りしぼった。

 入団以来、ファームで着実に成長を遂げてきた。昨季は2軍のレギュラーとなり、84試合でマスクを被った。今季も80試合に出場し、5年ぶりのイースタンリーグ優勝へ首位を走る原動力になっている。守りのみならず、打撃も打率.312でリーグ4位の好成績だ。8月は全試合に出場し、打率.379、1本塁打、12打点で月間MVPにも輝いた。

「1球1球の配球に根拠を持て」
「準備野球、実戦野球、反省野球。1日3回試合をしろ」
 ヤクルトのキャッチャー指導には、名将・野村克也元監督の思想が今も残っている。西田も1軍の中西バッテリーコーチ、2軍の小野公誠バッテリーコーチを通じて“野村の考え”を吸収している。

 今年に入り、2軍では小野コーチと“交換日記”を始めた。毎試合後、自室に帰ってから、その日を振り返って気付いたことや反省点をノートにつける。それを定期的に小野コーチがチェックし、コメントをもらうのだ。
「今年はシーズン始めは配球も楽しかったですけど、優勝争いをしていて、なかなかうまくいかないことも多くなりました。そんな時に小野コーチから“シンプルに考えろ”といったアドバイスをいただいています」

 まだプロとして一人前になるには経験が必要である。失敗して学ぶことも多いだろう。だが、成功しなければ得られないものもある。中西コーチは「勝たないと選手は成長しない。勝って反省するのが一番、頭にも入りやすい」と語る。その意味では、途中出場とはいえ、勝利の瞬間までホームベースを守りきった14日の阪神戦は西田にとって大きな財産となるはずだ。

 1軍で第一歩を踏み出した背番号30には大きな目標がある。「背番号27をつけるキャッチャーになりたい」。27番といえば、言わずと知れた名捕手・古田敦也が背負ってきた番号だ。現在は名誉番号として空き番にされている。3年前の入団発表で、西田は「27」の継承を力強く宣言し、詰めかけたファンを驚かせた。そのことはもちろん忘れていない。

「古田さんはピッチャーの特徴や性格を知り尽くした上でリードをしていたと聞いています。バッターに対しては、僕ひとりではなく、ピッチャーと2対1で攻めていくことが大事です。そのためにはピッチャーとコミュニケーションをとり、僕自身も常に周りを見られるようになりたい。それがこれからの課題ですね」

 数年後、正捕手・相川亮二の後を継いで、誰がレギュラーとなるのか。これまでは中村悠平が有力視されてきたが、伸び悩みも指摘されており、争いは混沌としてきた。西田にも十分、チャンスはある。30番と27番は数字はわずか3つしか違わない。しかし、27番をつけ、一時代を築いたレジェンドに肩を並べるには、やるべきことは山のようにある。

 古田が正捕手となったヤクルトは92年、14年ぶりのリーグ優勝を収め、そこからリーグ制覇4度、日本一3度を数える90年代の黄金期がスタートした。その年に生まれた西田が、再び燕の黄金時代をもたらせるべく、背番号27へ果敢にチャレンジする。

(次回は10月7日に更新します)

(石田洋之)
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