スワローズの歴史で、彼ほど修羅場をくぐり抜けたピッチャーはいないだろう。90年代からの黄金時代をクローザーとして支えた高津臣吾である。NPB通算286セーブは史上2位。メジャーリーグ、韓国、台湾に加え、独立リーグでも抑え役を務め、セーブをあげた。プロでの通算セーブ数は363にのぼる。
 とりわけ日本シリーズの大舞台では通算11試合に登板して無失点。8セーブはシリーズ記録だ。強いヤクルトが歓喜の瞬間を迎える時、締めくくりのマウンドには必ず、このサイドハンド右腕がいた。

「プロでは人より速いまっすぐがあったり、人よりよく落ちるフォークボールがあったり、そういう特別なものを持ってる選手が有利でしょう。ただ、僕は人よりちょっとコントロールがいいくらいで、特別なものは本当に何もなかったと思うんです」
 現役時代、高津はそう語っていたことがある。そして「強いて特別なものをあげるとすれば」と2人の人物の名前を口にした。
「野村(克也)監督であり、古田(敦也)捕手ですね。あのツートップがいなかったと考えていたら、ちょっとゾッとします。ここまで野球はできていなかったでしょうね」

 野球は頭を使うことが大事――野村監督からはミーティングを通じて、そのことを徹底して叩き込まれた。そして、古田とのバッテリーで野村理論を実践し、幾度となく勝利のハイタッチを繰り返してきた。
 
 代名詞となったシンカーを磨くようにアドバイスしたのも野村だった。ストレートと同じ腕の振りで、フワッと浮き上がってストンと落ちる魔球。ストレートとのコンビネーションで、最終回に目の色を変えて打席に入るバッターたちをおもしろいように打ち取った。

「古田さんには“右バッターには外のボールゾーンから入ってくるシンカーを投げろ”と言われましたね。シンカーといえば、それまで右バッターのヒザ元に落とすイメージが強かったのですが、古田さんは“一歩間違って甘く入るとリスクが高い。だから外から落ちてくるシンカーを投げよう”と……」

 勝ちゲームの最終回、状況によるが、もっとも避けなくてはいけないのは一発長打を打たれることである。外の遠いところであれば、バットにうまく当てられてもヒットにしかならない。だからこそアウトコースの出し入れを生命線にした。
「ストライクゾーンの中だけで勝負していたらバッターのほうが有利ですからね。いかにストライクに見せかけてボール球を振らせるか。ストライクゾーンのもうひとつ外の部分も、僕はストライクが取れるコースだと思って投げています」

 クローザーとしては珍しく、奪三振数よりもヒットを打たれた数のほうが多い。いつも完璧に三者凡退に抑えていたわけではない。よく走者を許してピンチを招き、“高津劇場”と称されていたこともある。それでもセーブ数を積み上げてきたのは、こういった熟達の投球術が為せる業だった。

 酸いも甘いも噛み分けたフィニッシャーが、最下位に沈んだ古巣の投手コーチに就任するという。高津にはチームを支えた功労者にもかかわらず、07年のシーズン終了後、球団から相談もなく戦力外通告を受けた過去がある。その際のわだかまりもあり、再びコーチとして神宮に戻ってくるのは、正直、かなりハードルが高いと考えていた。

 それでも、解説者としてヤクルトに対するコメントには愛があふれていた。それゆえに、マイクを通じて厳しい言葉を投げかけたこともある。印象に残るのは7月10日の巨人戦(福島)だ。赤川克紀が3回4失点でKOされ、中継ぎで出てきた村中恭兵もピリッとしない。3連打であっさりと追加点を献上する展開に、ニッポン放送で解説をしていた高津が「バッテリーに苦言を呈したい」と発言したのだ。

「ここまでバッターに全部ストライクで勝負をしている。ボール球を1球も使えていない。もっと考えてほしいですね」
 受けるキャッチャーは若い中村悠平だった。先述したように、古田とのコンビでボールゾーンもうまく使って相手を翻弄してきたピッチング哲学から照らし合わせれば、およそ相容れない配球だったことは間違いない。投手コーチとなれば、こういった考え方の部分からも改善を図るのだろう。

 現役時代の高津にピッチャーとしての第一条件を訊くと、真っ先に「体の強さ」をあげていた。
「常に投げる準備のできる体があるかどうか。ちょっとケガして何カ月か休みましたというのでは僕はダメだと思います。いいピッチャーはコンスタントに成績を残している。少々のケガをしても我慢して投げられるかどうかは重要だと思います」
 自らもヒジの痛みが出ても、足の指が骨折していても守護神としての座を守り続けてきた。投手陣に故障者が多いチームにおいて、高津コーチの下では、より強い体づくりが求められるに違いない。

 もちろん数々の正念場を乗り切ったメンタルの強さは折り紙つきだ。
「実際には気持ちの切り替えはうまいほうではないと思います。でも弱いところを見せるのがすごくイヤでした。打たれても絶対にうつむかないようにしていますし、いいピッチングをしてくれたピッチャーに“ゴメン”って言うのもイヤですから」
 きっと、経験の浅い若いピッチャー陣にマウンド上での心構えについて説いてくれるはずだろう。

 NPBでの指導経験はないが、独立リーグのBCリーグ・新潟アルビレックスBCでは1年間、選手兼任監督を務めた。しかも就任1年でチームを見事、独立リーグ日本一に導いている。選手からは「迷いなく、思い切ったプレーをさせてくれる」と評判が良かった。

 体の強さ、心の強さ、そして野球に対する頭の強さ……。あらゆる意味で、強いピッチングスタッフ、強いヤクルトをもう一度、取り戻す上で新コーチが果たす役割はとてつもなく大きい。

(次回は11月4日に更新します)

(石田洋之)
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