
「ありますかね(笑)」
昨年末、東京ヤクルトの小川泰弘は今季の開幕投手の可能性について訊かれると、少し照れたような笑みを浮かべた。しかし、すぐに表情を引き締めると言葉を続けた。
「でも、ひとつの目標にして頑張りたいですね」
(写真:初の実戦登板となった2月19日の中日戦(沖縄・北谷)では2回無失点と順調な調整ぶり) 3月28日、横浜DeNAとの開幕戦。2年目の背番号29が、まっさらな神宮のマウンドに上がる可能性が高まっている。昨季はチーム内で唯一の2ケタ勝利をあげただけでなく、16勝をあげて最多勝を獲得。文句なしの新人王に輝いた。
チーム内には左の石川雅規、右の館山昌平と2人の開幕投手経験者がいるが、館山は実戦初登板となる25日の練習試合で右ひじの違和感を訴えて降板した。幸い異常はなかったものの、1軍再合流は遅れる見通しだ。開幕投手の大役を務めるのは小川と石川の2人に絞られたと言ってよい。
「昨年はチームが最下位だったので、今年は優勝争いの中でチームの中心として投げたい」
まだプロでの実績は1年しかないが、その言動には既にエースの風格が漂っている。このオフは取材や表彰式などで忙しい中でも、ダルビッシュ有(レンジャーズ)や上原浩治(レッドソックス)と自主トレを行ってカットボールやスプリットを教わるなどレベルアップに余念がなかった。今季の目標も「投球回数で200イニングをクリア(昨季は178イニング)して、2ケタ以上の勝利を収めたい」と明確だ。
ただ、この世界には「2年目のジンクス」なる言葉がある。ルーキーイヤーに活躍した選手が2年目は伸び悩む、というものだ。ジンクスは、あくまでもジンクスと言えなくもないが、事実として2年目に成績を落とす選手は多い。90年代以降で調べても、10勝以上して新人王を獲得した先発投手が、翌シーズン、前年の勝ち星を上回ったケースはない。唯一、石川が1年目に並ぶ12勝をあげたものの、負け数は増え(9敗から11敗)、防御率も悪化(3.33から3.79)した。2年連続で最多勝に輝いたのも野茂英雄(18勝、17勝)と松坂大輔(16勝、14勝)のみだ。
活躍すれば相手は徹底して対策を練ってくる。やられたらやり返すのがプロの掟だ。2年目の選手に限らず、何年もプロで飯を食っている選手でも前年を上回る好成績を残し続けるのは容易ではない。
ルーキーとしては非の打ちどころのない昨季の小川だったが、今季に向けて課題はある。ひとつは外国人バッターを封じることだ。
マット・マートン(阪神) 11打数8安打1本塁打 打率.727
トニ・ブランコ(DeNA) 9打数6安打2本塁打 打率.667
キラ・カアイフエ(広島) 11打数5安打2本塁打 打率.455
エクトル・ルナ(中日) 7打数3安打 打率.429
このように各球団の助っ人には分が悪い。本人は原因を「(外国人は)リーチが長いから、低めのボール球を投げたつもりでもバットが届いてしまう」と分析する。その上で「もうボール1個分、低めに投げるといった微妙なコントロールを磨くことが大事になってくる」と対処法を考えていた。
クイック投法を磨くことも必要だ。昨季は16個の盗塁を許し、これはリーグでは三浦大輔(DeNA、19個)に次いで多かった。主にバッテリーを組んだ中村悠平の盗塁阻止率が低く(.233)、一概に小川だけを責められないが、相手チームが足を絡めて揺さぶってくることは多かった。
もうひとつ付け加えるなら、甲子園対策があげられる。初めて投げる球場が多くても総じて安定した内容をみせていた小川だが、こと甲子園に関しては良くなかった。2試合で11失点、防御率は7.59だ。甲子園は土のグラウンドで、本人は「マウンドが低くて軟らかく投げにくかった」と明かす。マウンドに高さがないため、ボールに角度がつけにくく、持ち味を出し切れなかったというわけだ。今季も甲子園での登板機会は何度も訪れるはずだから、“鬼門”にはしたくないところである。
とはいえ、こうした課題は本人も既に織り込み済。今季初の実戦となる2月19日の中日戦ではシーズンへの布石を打っていた。初回、2死無走者で、打席に迎えたのは3番のルナだ。昨季の対戦打率が4割を超える相手に小川はスライダーを投じた。やや甘く入ってレフト前へ運ばれたものの、試合後のルナは驚いた表情を見せていた。
「昨季はストレート、フォーク、チェンジアップを投げるイメージが強く、スライダーの印象はなかった。うまく対応できたが、昨季の最多勝。いい投手だと改めて思ったよ」
他のバッターに対しても、さまざまな球種を試し、引き出しの多さを印象付けた。どの球種が来るかわからなければ相手も狙い球を絞りにくい。敵将の谷繁元信兼任監督も「彼は研究熱心。相手バッターや自分のフォームを考えて意識して投げている。どうやったら抑えられるかを分かって投げている」と警戒心を一層強めていた。
「本人の中でいいボールと悪いボールがあったと思うが、実戦で投げられて、こちらとしては一安心」
小川淳司監督は同姓の右腕に厚い信頼を寄せている。本人も「基本を変えるつもりはない。アウトローのストレートと変化球の精度を高めていきたい。もちろん、クイック投法にも取り組んでいます」と2年目の開幕をしっかりと見据えていた。
足は高く上げても、決して高望みはせず、高慢なところもない。2年目のジンクスを吹き飛ばす働きをみせてくれれば、本人が目標として掲げる「優勝争いの中でチームの中心として投げる」可能性は高くなるはずだ。
(次回は3月17日に更新します)
(石田洋之)
※現在発売中の『第三文明』(2014年4月号)では小川投手への二宮清純のインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください。
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