メジャーリーグでは監督のことを「field manager」と呼ぶ。managerの動詞であるmanageには、「管理する」「統率する」の他、「どうにかする」「なんとかする」「切り盛りする」といった意味がある。東京ヤクルトの小川淳司監督は、文字どおり、チームを「どうにかする」「なんとかする」「切り盛りする」ことが求められている指揮官である。
(写真:今季のスローガンは「這い上がれ」。監督の決意をフレーズに込めた)
 開幕まで、あと10日。シーズンへ向けてチームを取り巻く状況は決して明るいとは言い難い。右ヒジ手術からの復活を目指してキャンプから順調だった館山昌平は違和感を訴え、開幕には間に合わない。先発ローテーション入りを期待されたドラフト1位ルーキーの杉浦稔大も右ヒジの靱帯断裂で長期離脱は必至だ。

 開幕からのローテーションは小川泰弘、石川雅規、新外国人のクリス・ナーブソンの3枚は固まったものの、残りは流動的。ドラフト3位の秋吉亮がソフトバンク相手に4回無失点と好投して先発に名乗りをあげたり、ドラフト2位の西浦直亨がショートで開幕スタメンの可能性も取り沙汰されるなど、明るい材料もあるが、オープン戦の成績は17日現在、1勝8敗1分で阪神と並んで最下位である。

 キャンプ中からヤクルトに対する評論家の目は厳しい。昨季、リーグ最下位に終わりながら、目立った補強はなし。長年、チームを牽引した宮本慎也も引退した。その宮本は『日刊スポーツ』紙上(2月18日付)で<見れば見るほど悲しい気持ちになりました。強いチームを作るための方針も、自らのレベルを上げるための努力も、正しい方向に進んでいない>と辛口の指摘を行った。元監督の野村克也も「キャンプに行ってきたら、雰囲気が戦う前からもう死んでいましたね(苦笑)。新人王、最多勝のピッチャーがいて、ホームラン王がいて、最下位になったのはどういうことか。根本的にチームを変えないといけない」とボヤいていた。

 それでも開幕は待ってくれない。現有戦力でやりくりをしながら勝機をモノにするのが、小川監督に求められているミッションだ。キャンプ前に話を聞くと、「ヤクルトはケガ人が多い」と言われる状況を打開しようとスポーツ医学に関して自ら学ぼうとしたり、選手個々の性格に応じたアプローチ方法を模索したり、試行錯誤している様子がうかがえた。

「故障に関しては、去年から球団もコンディショニングサポートの組織を改編して、なんとかしようという気持ちを感じるんです。だから、なおさら僕も野球のことだけでなく、ちょっとずつでも、いろんなことを精一杯勉強しなくてはいけないと思うんです」
 グチをこぼしたくなるような状況でも、小川監督は、それを表には出さない。どうすればチームを少しでも良い方向に導けるか。指揮官の言葉からは真摯な姿勢がひしひしと伝わってくる。

 限られた戦力ゆえに、小川監督は選手の力をいかに最大限引き出せるか、常に心を砕いている。その際たる例が昨季、シーズン本塁打記録を更新したウラディミール・バレンティンに対する接し方だろう。周知のようにバレンティンはムラッ気があり、監督曰く「集中している時は手がつけられないほど打ちまくるけど、気持ちが乗らないとさっぱりダメ」。そこでアメとムチをうまく使い分けて本人のヤル気スイッチを入れている。

 たとえば、内野ゴロで一塁に全く走らない怠慢プレーをしたため、懲罰交代をした上、罰金を10万円を徴収した時のこと。案の定、バレンティンは「オレはその後、(交代で試合からも)外されたのに、なおかつ罰金10万円とは思わなかった。メジャーリーグなら取られても1万円か2万円だ」と不満を口にした。「メジャーは関係ないだろう。ここは日本なんだから」と一度は突っぱねた指揮官だが、本人のモチベーションを考えて、ある提案をした。

「じゃあ、ホームラン打ったら監督賞をやる。それで罰金を返してやる」
 するとバレンティン、「もう罰金のことは諦めたから、そんなことはしてくれなくていい」と申し出を断ってきた。だが、小川監督には、それが彼の強がりであることもお見通しだった。

「じゃあ、オレの渡した金を通訳や関係者の人と食事をする費用に当ててくれ」
 そう言って、罰金から一転、“ニンジン作戦”を敢行すると、バレンティンは途端にホームランを量産し始めた。小川監督は苦笑いしながら振り返る。
「10万円なんて、あっという間に返したかたちになりましたよ。あんまり打つから、“勝ち試合は1万円、負け試合は5000円に変更してくれ”と提案したほどです。しかも、“みんなとの食事代だから、お金は通訳に渡すぞ”と言ったら、“それはダメだ”と。それで自分の懐に入れていたんだから、ちゃっかりしていますね」
 リーダーによる巧みな操縦なくして、バレンティンの新記録はあり得なかったに違いない。
 
 もちろん、勝負の世界は結果がすべて。まじめで人がいいからといって、試合に勝てるとは限らない。最下位という現実を前に、引き続き小川監督が指揮を執ることに関しては、少なからず批判があったことも事実である。今季も成績を残せなければ、当然、来季はない。そのことは監督自身が一番理解しているはずだ。だからこそ今季に賭ける思いは誰よりも強い。

「昨年は最下位で、球団やファンの皆さんに申し訳ないことをした」
 オフは低迷の責任を一身に引き受け、事あるごとに長身の体を折り曲げて頭を下げ続けた。現状を鑑みれば、今季は昨季以上にやりくりに悩まされるシーズンになるかもしれない。それでも指揮官の苦労が報われる試合が、ひとつでも増えることを祈らずにはいられない。

(次回は4月7日に更新します)

(石田洋之)
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