バッティングに悩める燕戦士たちが詣でる場所がある。
 伊勢大明神こと、伊勢孝夫2軍チーフ打撃コーチの“道場”だ。90年代のヤクルト黄金期に打撃コーチを務め、近鉄では“いてまえ打線”を形成して2001年のリーグ優勝に貢献した。巨人でも前年までリーグ最低だったチーム打率を押し上げ、07年のV奪回に尽力した。言わずと知れたバッティング指導の名伯楽である。
(写真:チームのコーチ陣では最年長ながらも、特打に付き合い、1時間、ボールを投げ続けることもある)
 2010年のシーズン途中、打撃不振もあって最下位のどん底に喘いでいたヤクルトに再び迎え入れられると、野村克也監督時代のID野球を注入。狙い球の絞り方などを教え込み、借金19からの巻き返しに一役買った。その後、1軍総合コーチ、ヒッティングコーディネーターを経て、今季からは2軍で若手の打撃開眼を促す役割を担う。

「打撃開眼? そんな口で言うほど簡単なものやないで。相当、根気がいるよ」
 戸田での2軍の試合中、のっしのっしと球場に現れた大明神に水を向けると、そんな答えが返ってきた。
「さっきまで寮の室内練習場で、武内(晋一)と谷内(亮太)の特打に付き合っとったんや。室内練習場が新しくなったから練習はしやすくなったな」
 そう言ってグラウンドに目を向けると、若手のバッティングを真剣なまなざしで見つめていた。

 昨季のヤクルトは1軍は最下位ながら、2軍はイースタンリーグを制した。ファームの首位打者を獲った荒木貴裕(打率.337)、西田明央(.331)、川崎成晃(.301)と3割バッターが3名も生まれ、チーム打率は.293とリーグトップ。今季も2軍のチーム打率は.291と打線は活発だ。

「確かに結果は出ているけど、じゃあ1軍で活躍できる選手は出てきているか? たとえばマエケンを打てるようなレベルになってきているか? そこをきっちり見てやらんといかん」
 2軍は「結果よりも内容が大事」と伊勢コーチは力説する。
「2軍のピッチャー相手にどん詰まりのヒットを何本打ったところで、1軍に上がっても打てんよ。それなら、しっかりとらえた打球でアウトになったほうがプラスになる」

 だが、どうしても選手本人はもちろん、周囲は結果で判断しがちだ。目先の成績にとらわれず、根気よく基礎を叩きこめるか。それがとりわけ2軍コーチに求められる仕事だと考えている。
「自分も若い時はそうやったけど、選手が結果を出すのがコーチの手柄と勘違いしたらアカン。コーチの中には“ここを変えたら良くなりました”と言う人間もおるけど、そんな簡単な話やったら誰でも打てるようになるよ」

 当然、指導のアプローチもひとつのやり方では通用しない。「選手が10人おったら、10通りのやり方がある」が持論だ。
「選手ひとりひとり、タイプが違うからね。長所を伸ばしたほうがええのか、欠点を修正したのほうがええのか。将来的には1軍で1、2番を打つのか、クリーンアップを打つのか……。本人の特徴や性格によって、いろいろ変わってくる。本人とどういうタイプを目指すのか、しっかり話をした上で方向づけをしてやることが大事でしょう」

 選手のタイプや状態に応じて、教える“引き出し”はひとつでも多いほうがいい。これまでも伊勢コーチは、さまざまなアイデアを駆使して練習を行ってきた。たとえば竹刀トレ。竹刀で素振りをさせることで、インパクト時のグリップの絞りと、手首を返すタイミングを覚え込ませた。低反発の統一球導入でボールが飛ばなくなった際には、砂鉄の入った重いボールを使用。インパクトの瞬間にボールを押しこむ感覚をつかませた。昨秋は打撃不振で苦しんだ田中浩康にラケットを持たせてトレーニングをした。

「浩康はアウトコースをひっかけてのショートゴロ、サードゴロが多かった。ラケットはスイートスポットの部分でまっすぐボールをとらえないと、きちんと飛ばない。しっかり面でボールに逆らわず打ち返す意識を高めるためにやったんや」
“伊勢道場”の効果か、今季の田中は内野の控えに甘んじているものの、打率は.333。20日の阪神戦(甲子園)ではレフトスタンドへ代打ホームランを放った。限られた出番ながら結果を残し、定位置奪還の機会を虎視眈々とうかがっている。

 1軍は4月にして大ピンチだ。5連敗で借金は早くも7つに膨れ、投手陣で唯一無二の大黒柱だった小川泰弘の右手有鉤骨骨折も判明し、長期離脱は必至だ。ヤクルトファンからしてみれば「神も仏もない」と嘆きたくなる苦境である。ピッチャーの緊急補強は待ったなしだが、当面はノーガードの打撃戦になっても打ち勝つ戦法を取らざるを得ないだろう。

 そこで早期復調が望まれるのが、3年目の助っ人ラスティングス・ミレッジだ。今季はウラディミール・バレンティンの後ろで4番を託されていたが、打率.231と低迷。2軍落ちを命じられた。弱点であるインハイを徹底的に攻められ、インサイドを意識するあまり、アウトコースのボールにも簡単に手が出てしまっている。

 となれば、お参りするのは大明神の下しかない。2軍降格が決まった後、ミレッジについて訊ねると伊勢コーチは1軍復帰へのプランを明かしてくれた。
「1軍からは“何でもかんでも引っ張ってしまう”との報告を受けています。でも、“引っ張ってしまう”のではなく、“引っ張らざるを得ない”状態になっているんちゃうかな。それがメンタル的なものなのか、技術的なものなのか、本人、コーチ陣と話し合って、同じ方向を向いて取り組ませたい」

 指導者にとって最も大切な要素は「技術よりも愛情」と言い切る。
「チームや選手に、どれだけの愛情を注げるか。そうでないと、1時間も続けて投げてやったり、しんどいことはとてもできんよ」
 この12月には古希を迎える。だが、「僕の打撃コーチの師匠である中西太さんから、“体が動いて必要とされるうちは続けなさい”と言われています。まだ体は動くから大丈夫かな」とニヤリと笑った。どんなに年齢は離れていても、「何とかしたい」というコーチの情熱が伝わってくるからこそ、多くの選手が“伊勢詣で”で教えを請うのだろう。

「さぁ、また、これから特打や。新しい室内練習場に戻りましょう!」
 ますます意気軒高な69歳は、再びのっしのっしと球場を後にした。夕日に照らされた後ろ姿は、まるで後光が差しているように映った。大明神の“ご利益”で、2軍から救世主が1日も早く現れることを願わずにはいられない。
 
(次回は5月5日に更新します)

(石田洋之)

※このたび刊行された二宮清純著『プロ野球の名脇役』(光文社新書)でも伊勢コーチが取り上げられています。こちらもぜひご覧ください。


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