何が起きるか分からないのが勝負の世界とはいえ、この乱高下は誰も予想し得なかったのではないか。
 4月には9連敗、ゴールデンウィーク明けには4連敗と低空飛行を続けてきた東京ヤクルトが、燕の季節とともに一気に上昇してきた。巨人、中日をビジターでいずれも3タテしての6連勝。まだ借金5ながら同率4位で交流戦に突入する。
(写真:6連勝を収めた18日の中日戦ではチーム初安打を放ち、逆転の口火を切った)
 そして、この男がショートでスタメンを張っていると予想した人も多くはなかったはずだ。背番号24の荒木貴裕である。ドラフト3位で近畿大から2010年に入団して今季が5年目。ルーキーイヤーにはショートで開幕スタメンに抜擢されたものの、1軍には定着できなかった。

 足を引っ張ったのは守りの不安だ。12年の交流戦ではオリックス戦(5月19日)で途中出場したが、延長11回2死一塁の場面で山崎浩司のショートゴロへの対処が遅れ、内野安打にしてしまう。その後、満塁とピンチが広がり、勝ち越し3点打を浴びてチームは敗れた。歯車が狂ったヤクルトは、その試合も含めて10連敗を喫した。

 昨季も交流戦期間中の北海道日本ハム戦(6月9日)、サードでスタメンのチャンスを与えられながら1試合に3失策を犯す。サードではリーグワーストタイとなる不名誉な記録だった。その後、不振の畠山和洋に代わってファーストで起用されたが、打撃でノーヒットの試合が続いて2軍落ちを命じられた。

 ショートのポジション争いが開幕前から注目ポイントだった今季、その座を競うのはルーキーの西浦直亨、選手会長の森岡良介、2年目の谷内亮太が中心と見られていた。荒木はキャンプ、オープン戦では外野を守ることもあり、ショートはおろか、内野手としても構想から外れかかっていた。

 ところが川島慶三や谷内が相次いで故障し、球団は日本ハムから今浪隆博を緊急補強。森岡も右脇腹の肉離れで戦線を離脱した上、西浦も打率1割台に低迷する中、荒木にショートとして1軍から声がかかったのだ。

 この千載一遇の機会を逃さなかった。スタメン3試合目となる4月30日の巨人戦からは3試合連続のマルチヒット。3日の阪神戦では8回に貴重な追加点となる2点タイムリーを放ち、お立ち台に上がった。

 その2日後の同カードでも自身初の1試合2本塁打を放ち、ヒーローに。7番・ショートに定着し、ここまで打率は.303と、12球団ナンバーワンのチーム打率(.288)、得点(230)を誇る打線の一角で機能している。課題の守備も無難にこなし、失策は1つのみ。いわば大穴馬がポジション争いレースの先頭に立った格好だ。

「僕は打つ方でアピールしなきゃいけない立場」
 そう本人が自覚しているように、自らの売りである打力を1軍でも発揮できている。昨季は2軍で打率.337。首位打者、最高出塁率(.410)の2冠に輝き、イースタンリーグ制覇に貢献した。

 打撃を武器にできた背景には昨季からチームに復帰した杉村繁コーチの指導が大きい。ヤクルトでは青木宣親(現ブルワーズ)、横浜では内川聖一(現福岡ソフトバンク)の打撃開眼に一役買った杉村は、荒木に対し、どんなバッターを目指すべきか方向性を明確にした。

「広角に打てて、粘り強くしつこいバッティングをするのが彼にとっての理想。具体的には宮本(慎也)や井端(弘和)のようなタイプですね」
 そのためには何をすべきか。昨季、2軍コーチとして荒木のバッティングをじっと観察していた杉村は、「パンチ力はあるのに、インパクトの際に力がうまく伝わっていない」点に問題があることを発見した。

「トップからフォロースルーまで力が入っていてバットをうまく使えていない。しかもバットが下から出てくるので、変化球でタイミングを外されると波を打った軌道になってボールを捉えられなかったんです」
 トップの位置から最短距離でバットを出し、インパクトの瞬間に力を集中させる。この感覚をティーバッティングから繰り返し、巻き返し練習することで体に染み込ませた。すると「見違えるように打ち始めた」と杉村も舌を巻くほど2軍でヒットを量産した。

 その杉村が今季は1軍コーチとして昇格し、間近でアドバイスをもらえるのも荒木にとってはプラスになっている。勝利を確実にする2点打を放った3日の阪神戦では、ネクストバッターズサークルで杉村から、こんな指摘を受けた。
「強引になっているそ。センター返しを意識しろ」
 前の2打席は走者がいる場面で三振とショートゴロ。打たねばと意気込むあまり、引っ張りにかかっていた。

「浮いてくる緩いボールか、真っすぐを狙おう」
 打球方向と狙い球を指示され、気持ちがラクになった荒木は、左腕・能見篤史の甘く入った変化球をコンパクトにセンターへ弾き返す。相手エースをマウンドから引きずり降ろす一打が生まれた。
「杉村コーチのアドバイスのおかげです」
 ヒーローインタビューを受け、クラブハウスに戻ってきた荒木は杉村への感謝を口にした。

 本人が「たまたま。風のおかげ」と謙遜した翌々日の1試合2本塁打も、杉村は「バットのヘッドがきちんと走っている証拠」と評価する。
「バットがインサイドアウトで出て、ヘッドスピードが上がっているから打球が飛ぶ。昨年、2軍で彼と話をしながら練習した成果が出たんじゃないでしょうか」

 もちろん、いくら指導者が熱心に教えても、本人にその気がなければ“馬の耳に念仏”である。「何より野球に取り組む姿勢が大きく変わった」と明かしてくれたのが、杉村と同じく2軍で昨季から荒木を指導した宮出隆自打撃コーチだ。

「打撃だけでなく、課題の守備や走塁も高い意識で練習するようになりました。だから技術も伸びたんでしょう。彼の2軍での姿を見ていれば、今の活躍も当然だと感じます」
 宮出は今季の開幕、2軍スタートとなった荒木が決して落ち込んだ素振りや、不貞腐れた態度を見せなかったところにも成長を感じた。4月末の昇格まで2軍では打率.339、1本塁打、23打点。きっちり実績を積み重ね、1軍昇格への準備を怠らなかった。

「結果はもちろん、ファームの若い選手を中心となって引っ張ってくれましたからね。本当に彼は一生懸命、頑張りました。こういう選手が1軍で出てくれるのはうれしいし、他の2軍の選手にとって素晴らしいお手本となる」
 
 勝負の世界、何が起きるか分からない。シーズンはまだ100試合以上残っている。チームにとっても荒木にとっても、真価が問われるのはここからである。

「1試合1試合必死にやっているので、調子の良し悪しは考えていません。1球1球を大切にやっていきたい」
 本人に慢心はまったく見られない。ポジション争いの大外から飛び出した“ダークホース”が、一転、“本命馬”に化けるかどうか。昨年、一昨年と苦い思いをした交流戦は、それを見極める重要な“パドック”となる。

(次回は6月2日に更新します)

(石田洋之)
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