チーム打率.303、1試合平均5.9点、11.5安打。
交流戦は現状、12球団最下位の東京ヤクルトだが、打線の勢いだけは止まらない。上にあげた交流戦の数字はいずれも12球団トップ。トータルでもチーム打率.291、1試合平均5.45点、10.38安打と打ちまくっている。こちらも当然ながら12球団ナンバーワンだ。
昨季はチーム打率.253、1試合平均3.87点、8.47安打で、いずれもリーグ4位。主砲のウラディミール・バレンティンを除けば、凡庸だった打線が、なぜ変貌を遂げたのか。選手個々のレベルアップはもちろんのこと、それを裏で支えるコーチ陣の力に触れないわけにはいかない。
今季、2軍から1軍に昇格した真中満、杉村繁両コーチだ。昨季、真中は2軍監督として、杉村は2軍打撃コーチとして、チームをイースタンリーグ制覇に導いた。原動力となったのは強力打線だった。チーム打率.293、1試合平均5.54点、10.24安打。チーム防御率3.81はリーグ5位と決して芳しくなかったにもかかわらず、攻撃力で他を圧倒した。

「他球団と比べて、とりたてて素質のある選手はいない。でも、皆、よく打っている。取り組みをしっかりすれば伸びるということでしょうね」
昨季、戸田球場で打撃好調の要因を杉村に訊ねると、細い目をさらに細くして語った。金やプラチナであれば自ずと輝くが、鉄なら火を加え、熱いうちに打たないとキラリと光る刀にはならない。若手にバッティングの基礎を徹底して叩きこむ姿は、まるで“刀匠”のようだった。
(写真:昨夏、炎天下の戸田で試合前も試合後も若手のティーバッティングに付き合っていた) 杉村自身、決して光り輝く野球人生を過ごしてきたわけではない。高知高時代は「中西太2世」と呼ばれるほどのスラッガー。ヤクルトにはドラフト1位で入団した。しかし、プロでは伸び悩み、実働11年で打率.228、4本塁打、46打点に終わった。
その後は球団スタッフへ転身。野村克也監督が率いた黄金期には広報を務めた。
「野村さんの下で考える野球に触れたのはオレのベースになっているね。野球は考えることと状況判断の2大要素で成り立っている。野球は、まず頭を使わなアカンので、その部分から教えていかないといけない。考え方が変われば、取り組み方が変わるからね。取り組み方が変われば、それが習慣になってくる。習慣ができれば今度は結果が出てくる。結果が出れば1軍のレギュラーにもなるし、運命が変わってくるんだよ」
2000年、若松勉監督の下で1軍打撃コーチに就任すると、青木宣親らを教え、日本を代表するヒットメーカーへの成長をサポートした。その後、横浜のコーチに就任すると、今度は内川聖一(現福岡ソフトバンク)の打撃開眼のきっかけをつくった。杉村が指導を始めて1年目の08年、内川は右打者では史上最高打率となる.378をマークし、首位打者のタイトルを獲得している。
「青木にしても内川にしても、別にオレは何もしていないよ。“スギさんのおかげだ”と言ってくれるのはありがたいけど、全部、彼らがやったこと。彼らが地道に細かいことを継続してずっとやっていった結果が、大きな成果になったんじゃないかな。まさに“継続は力なり”やね」
昨季、古巣のコーチに復帰すると、若い選手たちには出発点として、野球に対する考え方を何度も何度も教え込んだ。
「選手には、それぞれ求められている役割があるし、1球1球状況が変わる。それに対応したプレーができないと1軍では使えない。たとえばランナー二塁の場面では右方向を狙うとか、追い込まれたらセンター返しを意識するとか、そういった基本的なことが分かるようになるまで繰り返し話をしたよ」
レクチャーする内容は心理学にまで及んだ。緊張のほぐし方、集中力の高め方……。メンタル面も未熟な若手を一から手ほどきした。
考え方が固まれば、次はいかに取り組むか、である。
「一番大事なのはフォームを固めること。ボールを呼び込んでおいて、トップからバットを最短距離で振り抜き、インパクトの瞬間に力を集中させる。これを体で覚えることが大切なんです」
スイングをかたちづくる上で、杉村はティーバッティングを重視する。それもただ同じ調子でトスをして打ち返すのではない。選手の課題や段階に応じてさまざまな方法を取り入れる。
たとえば、体の前でバットでバッテンを描きながら打たせる。これはボールを呼び込んで打つことを意識した練習だ。高低にトスを変えて打たせるのは、低めのボールを下半身で粘ってとらえるため。ワンバウンドのトスを打つのはフォークボール対策。歩きながらスイングするのは、間をつくる目的がある。いすに腰かけ、体の軸の回転でスイングすることを目指すティーバッティングもある。
こうした積み重ねで打撃の基礎を会得し、2軍から1軍の戦力になった選手たちが、山田哲人や上田剛史、雄平、荒木貴裕、比屋根渉といった面々である。彼らは1軍で結果を残している今も、杉村と日々、ティーバッティングで基本の確認を怠らない。
「選手たちがよう頑張っているよ。あとはスコアラーが狙い球を明確にしてくれているのも大きいね」
斬鉄剣のごとく、他球団のピッチャーを斬りまくっている理由を名コーチはそう語る。近年のヤクルトは「スコアラーの集めてきたデータを選手たちが生かしきれていない」との声があった。あるスコアラーは「ミーティングで話をしても、選手たちが本当に理解して実践してくれないともったいない。練習しただけで打てるほど1軍は甘い世界ではないんですが……」と表情を曇らせていたものだ。
スコアラーの分析を踏まえ、自発的に考えて打席に立てればベストだが、それが十分にできるまではデータを咀嚼し、選手たちに落とし込むのもコーチの仕事だ。その教育係を杉村は担っている。
象徴的だったのが、今季の開幕戦。デビュー戦でプロ初打席初球ホームランの離れ業をやってのけたルーキーの西浦直亨は試合後、「杉村コーチから“低めは捨て、高めに浮いたボールをいこう”と指示があった」と明かした。杉村は「スコアラーの勝利。情報通りでバッターは打ちやすかったはず」とニヤリと笑った。その後も殊勲打を放った各選手から「杉村コーチのおかげ」との言葉が頻繁に聞かれるのは、スコアラーによる相手ピッチャーの傾向と対策から、何を狙い、どこへ打つべきかを杉村がきっちりと伝え切っているからだろう。
「青木がいなくなって、ヤクルトにもそろそろ新しいスターが必要でしょう。山田や上田あたりがオールスターに出られるレベルの選手になればチームも変わってくるはず」
昨季の今頃、杉村はそう戸田で彼らのバッティング練習を見ながら期待をかけていたことを思い出す。もしかしたら今季、それは早くも現実となるかもしれない。
シーズンの戦いはまだ3分の1を過ぎたばかり。端正込めて磨き上げ、ようやく切れ味鋭くなってきた刀たちが、刃こぼれしたり、錆ついたりしないよう、これからが“刀匠”の腕の見せどころである。
(次回は6月16日に更新します)
(石田洋之)
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