石川雅規は走り続けている。
 登板日や休養日を除き、1日5キロを目安に走る。1か月で約100キロ。今春のキャンプ中から新たな日課として加わった。それまでは下半身強化にエアロバイクをこぐことが多かった。
「バイクは汗はかきますけど、やはり自分の足でしっかり走ったほうが下半身は鍛えられますよね」
 練習を終え、34歳は汗をぬぐいながら、ランニングをトレーニングメニューに追加した目的を語る。そして、「動きが軽くなりました」と効果も実感している。

 実際、体重は3キロほど絞れた。一方、ウエイトトレーニングと組み合わせて筋肉量は増えた。
「まぁ、それがピッチングに直結しているかどうかわかりませんけどね。これがイコールになるなら、走ればいいってことになりますから」
 本人は1日5キロ走のルーティンを今季、勝ち星が増えている要因と短絡的に結びつけることはしない。ただ、こう付け加えた。
「今年は体に不安なくできていることは大きいですね」

 昨季の石川はケガで2度の登録抹消を余儀なくされた。交流戦期間中には腰痛、夏場には右太ももの張りを訴え、戦列を離れた。登板24試合はプロ12年目で最も少なく、成績は6勝9敗、防御率3.52。2002年の入団以来、初めて2年連続で2ケタ勝利に届かなかった。30代も半ばに差し掛かり、限界説も囁かれた。

 それが今季は開幕から1度も先発ローテーションを飛ばすことなく投げ続け、3年ぶりに勝ち星を10勝(8敗)に伸ばした。
「昨年、一昨年と比較して防御率は悪い(4.59)し、いい時と悪い時の波が激しいので納得はいっていません。でも、いい時の内容は近年にないものが出ていると思っています」

 本人の言葉通り、今季は2ケタ勝利を続けていた時期を彷彿とさせるピッチング内容が蘇ってきた。開幕してからの1か月は苦しんだが、初勝利(5月7日)は広島相手に5安打完封勝ち。東北楽天との交流戦(6月11日)では山田哲人の先頭打者ホームランによる1点を雨の中、最後まで守り切った。8月は負けなしの4勝をあげている。

「低めに丁寧に投げる。1イニングでも長いイニングを投げて、いいかたちで後ろにつなげる。意識していることはいつも一緒です」
 背番号19はそう強調する。もちろん、意識しているからといって、それが常にできるとは限らない。序盤で大量失点を喫し、KOされた登板もある。「同じようにやっていれば、うまくいくなら、誰でも結果を出せる。それが難しい」と本人も試行錯誤を繰り返す日々だ。

 だが、それもフィジカル面での不安があれば実践できない。70歳を超えても現役を続けるゴルフ界のレジェンド・青木功が「よくスポーツでは心技体が重要というけど、僕は大事なのは体技心の順番だと思う。体が丈夫なら、技術も身につくし、心だって安定するんじゃないかな」と語っていたことを思い出す。今季の石川が曲がりなりにも成績を残せているのは、この“体技心”の充実と無縁ではない。

 今季も故障者が続出してしまった東京ヤクルト投手陣において、34歳左腕の存在は貴重である。入団から13年、大きなケガによる長期離脱はない。2ケタ勝利は今季で10度目となり、球団では400勝投手の金田正一(14度)に次ぎ、松岡弘(10度)に並ぶ数字となった。本人は「球が遅いから故障しにくいんじゃないですか」と笑い飛ばすが、167センチの小柄な体で10年以上、ローテーションを守り続けてきたことは、もっと評価されていい。文字通りの無事是名馬ならぬ、“無事是名投手”である。

「ライアン(小川泰弘)がケガをした時も、由規や館山がいなくなった時もそうですが、みんなが戻ってくるまでローテーションを崩さない。それが最低限の役割だと思ってやっています」
 投手陣の柱として強い決意を胸に抱いている。チームは2年連続の最下位に沈むピンチ。「悔しいとか簡単に言葉にできるようなものではない」と心境を口にする。そして、低迷の元凶がチーム防御率12球団ワーストの投手陣にあることへの責任も感じている。だからこそ「ピッチャーで試合をつくって勝ちたい」と繰り返し言葉にしてきた。

「(遠征時に)残留で戸田へ練習に行くと、館山とかがリハビリで前向きに一生懸命やっている。だから僕も頑張れる部分もありますね。ケガしていない僕は、打たれても練習してやり返す機会がある。投げられない苦しさを考えれば投げる苦しさなんて大したことないですよ」

 気づけばチームの投手陣では最年長である。ベテランと呼ばれることも増えてきた。だが、他球団を見渡せば34歳は老け込むような年齢ではない。何より目標とする同じ左腕の中日・山本昌は、49歳で先発マウンドに上がり、最年長勝利記録も塗り替えた。

「山本昌さんと話をしていると、いくつになっても“真っすぐあっての変化球”だと実感できます。山本昌さんと一緒に自主トレをすると、ビックリするくらいボールが速い。スピードガンでは測れないスピンの効いたボールを投げるんです。僕も真っすぐの球速は出ても140キロ。でも、基本は真っすぐのキレやコントロールだと意識するようになりました」
 以前、石川は最年長投手から学んだことをそう話していた。

 現在、219勝の山本昌は、23歳で初勝利をあげてから13年間の勝ち星は134勝だった。30代前半は2ケタ勝利に届かない年も多かった。だが、そこから35歳のシーズン(2000年)で11勝、翌年に10勝をマーク。39歳、41歳、43歳のシーズンにも2ケタ勝利を記録し、200勝に到達している。

 石川も昨季、一昨季と勝ち星が伸び悩んだものの、大卒から13年で131勝と山本昌と大差ない。球史に残るレジェンドは「石川君もボールのスピードではなく、キレで勝負するタイプだから同じ道を歩けるはず。僕の200勝の最年長記録(42歳11カ月)を超えてほしい」とチームの垣根を越えてエールを送っていた。15歳年下の“後輩”も「長くやっている先輩がいらっしゃるので身近に目標が持てる」と、その背中を追いかけるつもりだ。

 石川には大切にしている流儀がある。
「できないことを無理してやっても続かない。でも、できることは、きっちりやる」
 目の前の1球、1イニング、1試合をしっかり投げる。そして、そのために入念な準備をする。必要以上の背伸びはしない。この積み重ねが“小さな大投手”をかたちづくってきた。

「とにかくひとつでも勝って、貯金をつくりたい。チームが勝てば、どんなかたちでもいいです」
 残り20試合を切り、今季の登板機会はあと3回ほど。秋の気配も漂い始めた神宮だが、今日も明日も明後日も、変わらず石川は走り続ける。

(次回は10月6日に更新します)

(石田洋之)
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