17連続KO勝利を続けるWBA世界ミドル級王者、ゲンナディ・ゴロフキンがリングに戻って来る。10月18日、ロスアンジェルス郊外のホームデポセンターで対するのはWBC世界ミドル級暫定王者のマルコ・アントニオ・ルビオ。カザフスタンの怪物パンチャーにとって、これが12度目の防衛戦となる。
(写真:ニックネームは”GGG”。破竹のKO街道はどこまで伸びるのか)
 ゴロフキンにとっては“アメリカ西海岸デヴュー戦”だけに、馴染みのない土地での一戦が興行的に苦戦することを予想する関係者も存在した。しかし、この試合の約8000席の入場券は瞬く間に完売。その後、同会場でのボクシング興行史上初めて立ち見席が売り出される異常な人気となった。

 ロスアンジェルスにはメキシコ人が数多く居住するため、対戦相手にメキシコ出身のルビオを起用したことが奏功したのは事実だろう。セミファイナルにニコラス・ウォータース対ノニト・ドネアという好カードを組んだこともプラスに働いたに違いない。ただ、それらの要素以上に、今回の盛況は、アメリカにおけるゴロフキンの興行価値の上昇を示しているという見方が一般的である。
 
 今年7月には聖地マディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)の大アリーナに初登場し、元WBA、IBF王者ダニエル・ギールとの対戦で予想を上回る8572人の観衆を集めた。フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、ミゲール・コット、サウル・“カネロ”アルバレスの4大ドル箱スター以外では、現時点でゴロフキンはすでにアメリカ国内で最も興行価値の高い選手かもしれない。

 2012年秋にアメリカ進出を開始した32歳のゴロフキン。まだ完璧な英語を話すわけでもない旧ソビエト連邦出身のボクサーが、短期間にこれほどの注目選手になった理由はどこにあるのか。

【エキサイティングな試合内容】

“30戦全勝(27KO)”“防衛戦はすべてKO勝利”“KO率90%はすべての世界タイトル保持者の中で最高”という見栄えの良いレコードが示す通り、ゴロフキンの試合はド迫力の展開、結末が約束されている。
 昨年6月のマシュー・マックリン戦では、3ラウンドに左ボディ一発でイギリスの実力者を轟沈させた。「25年に渡ってボクシングを観てきた中でも最も強烈なボディショットだったかもしれない」と、マックリン側のルー・ディベラプロモーターが驚嘆していたのは記憶に新しい。
(写真:リングを離れた際のゴロフキンは笑顔が絶えない)

 前戦のギール戦でも、相手の右を軽く受けながら、ものともせずに右オーバーハンドを叩きつけての一発KO勝ち。試合後のMSGは興奮の歓声よりも、ほとんど畏怖のどよめきに包まれていたのが印象的だった。

 アマ355戦350勝とも言われる実績が示す通り、スキルも備えており、単なるパワーだけの選手ではない。破壊力より、むしろシフトウェイトを利したプレッシャーのかけ方の上手さを特筆する専門家も多い。そして最後には決まってエキサイティングなKOシーンを生み出すのだから、本格派にこだわるメガケーブル局HBOが、この選手の売り出しに力を入れているのも理解できる。

 分かりやすさ、爽快感という意味で、米国進出以降のゴロフキンはマニー・パッキャオの台頭期を彷彿とさせる。攻撃的でフィニッシュの上手なファイターが国籍を問わず、カジュアルなファン、マニアの両方を惹きつけるのは必然なのだ。

【リング登場ペースの速さ】

 近年のトップボクサーは1年に2戦程度が通常だが、ゴロフキンは昨年、今年と2年連続で4度も試合を組んできた(今年4月の試合は父親の死で中止)。
 破壊的なKOシーンに魅せられたファンは印象が鮮烈なまま、数カ月後に再びそのファイトを楽しめる。こうして頻繁に露出することが、迅速な人気拡大の一因となっていることは想像に難くない。

 もちろんこのハイペースは、ダメージが少ないまま圧倒的なKO勝ちを続けるがゆえに成せることなのだろう。ゴロフキン陣営は、来年も年間4戦ペースを保ちたいと明言している。
 有名どころとのビッグファイトが実現するようになっても、その公約を果たせるかどうか。今後、1戦ごとの注目度、報酬がさらに増しても、出し惜しみしない“戦うチャンピオン”でいて欲しいと願っているファンは多いはずだ。

【ダウン・トゥ・アースな性格】

 英語のスピーチはまだ発展途上のゴロフキンだが、それでも試合前後のインタヴューは可能限り通訳なしで答えている。アメリカでは、たとえ拙くとも公の場で英語を喋ろうとする人を好意的に受け取る傾向にあり、その気取りのないキャラクターと相まって、この選手の支持率の高さの一端となっている感がある。
(写真:取材にも丁寧に愛想よく答えるためメディアにも人気だ)

 英語になじみが薄いがゆえのユーモラスな発言も多い。KOしたばかりの選手を「グッド・ボーイ(良い子=本人は“良い選手”の意味で使用)」と呼んだリ、自身の攻撃的なボクシングスタイルを「メキシカン・スタイル」と称したこともあった。文法や意味の誤りを恐れず、大物ぶりもしないカザフスタン人には、どんな人種の人々も好感を持つに違いない。

 また、ボーイッシュなマスクとダイナマイトパンチを併せ持つゴロフキンの商品価値を信じたK2プロモーションが、渡米当初から全米的な売り込みを展開してきたのも大きかった。アメリカ東海岸での試合前にも、必ずロスアンジェルスなどの西海岸でプロモーション・イベントを開催する先行投資を続けてきた。名前と露出がモノを言う興行の世界において、このような努力が実を結び始めているのは事実だろう。

【強豪との対戦を求める姿勢】

 まだビッグネームとの対戦機会には乏しいが、ゴロフキン本人はスーパーウェルターからスーパーミドルまでの3階級でなら、どの選手とも対戦すると公言している。ロンドンに乗り込んでのカール・フロッチ戦、契約ウェイトでのメイウェザー戦など、リスクの大きなファイトもこの選手は喜んで受け入れるはずだ。頻繁に試合をこなすだけでなく、積極的に強敵との対戦を望む姿勢をアピールしていることも、支持率を高めている要因のひとつである。

「私の現在の興味はミドル級にある。統一戦がしたいね。ミドル級最高の選手は誰か? 真の王者は誰か? それを決めるのは自分にとって重要なことなんだ。ミゲール・コット、ピーター・クイリン、サム・ソリマン……多くのチャンピオンがいるけど、素晴らしいショーが観たかったら、また私を呼んで欲しい。誰とでも戦う準備ができているよ」 
 ギール戦直後にはそう語っていたものの、やはり統一戦に名乗りをあげる選手はなかなかいなかった。そんな中で、ようやく対戦を承諾したのがWBC暫定王者のルビオだった。
(写真:ルビオに勝ってWBC暫定王座のタイトルを手に入れれば、WBC正規王者のミゲール・コットとの対戦も視界に入ってくる)

 これまではアメリカ国内での知名度の低さゆえに、典型的な“ハイリスク、ローリターン”の選手と目され、おかげで積極的に戦いたいと望むスター選手は現れなかった。ただ、注目度が徐々に高まり、東西両海岸でチケットが売れることを証明すれば話は変わってくる。ルビオ戦の興行成功が確実な状況で、今後は待ちに待ったビッグファイトへの道も少しずつ開けてきそうである。HBOも全面的にバックアップを約束しており、メイウェザー、パッキャオの次の世代のエースはカネロとこのゴロフキンだろう。

 今のゴロフキンと、コット、カネロ、フリオ・セサール・チャベス・ジュニアといった有名どころの対戦が実現すれば、世紀のメガファイトとまでは言わないまでも、スポーツファン垂涎のカードになる。
 特にカネロは、つい先日、HBOとの複数戦契約を発表したばかりで、これでゴロフキンとの間に放映局の障壁はなくなった。カネロにとってゴロフキンは、あまりにも危険過ぎる相手のように思えるが、しかし、このメキシコ人もまた強豪相手の実力証明を熱望してきた選手である。

 来春にも噂されるコット戦をカネロが好内容で勝ち抜けば……早ければ来年9月のメキシコ独立記念日、あるいは再来年のシンコ・デ・マヨ(5月5日のメキシコの祝日)あたりに、スリリングなカネロ対ゴロフキン戦実現への期待感が膨らんでくるはずだ。


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杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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