
「後ろを投げるピッチャー、先発も頭数が足りない。それからショート」
真中満新監督が就任会見で口にしたチームの弱点を、このオフ、球団は補強に乗り出した。まず北海道日本ハムからショートの大引啓次を獲得。さらには千葉ロッテからスターターの成瀬善久もゲットした。いずれもFA選手の補強である。一気に2人のFA選手を獲得するのは東京ヤクルト史上初めてのことだ。2年連続最下位からの脱却へ、球団フロントも本腰を入れていると見てよいだろう。
(写真:ロッテ時代に続き、ヤクルトのエースナンバーでもある「17」を背負う) とりわけ深刻な先発のコマ不足を解消する上で、成瀬の加入は大きい。
「ローテーションを守るのは普通。10勝して当たり前です。マウンドには、できるだけ長くいたいですね。完投して当たり前だと思っています」
9日の入団発表の場では左腕から頼もしい発言が飛び出した。
これまでの実績は詳しく説明するまでもないだろう。名門・横浜高からロッテに入団して4年目には16勝(1敗)をあげ、最優秀防御率に輝いた(1.81)。09年からは4年連続で2ケタ勝利をあげており、10年にはレギュラーシーズン3位からの“下克上”日本一にも貢献した。08年北京五輪の日本代表にも選ばれている。
コンパクトに腕をたたみ、ボールの出どころを隠して投げるフォームは“招き猫”に例えられる。
「僕はボールが遅いので、どこかで工夫しなくてはいけない。きっかけを与えてくれたのは高校の渡辺(元智)監督です。腕を内旋させる動きをアドバイスしてもらいました。高校時代は肩を内に入れすぎて痛めてしまい、手術することになったのですが、どうやったらうまく投げられるだろうと考えているうちに自然と、このフォームになっていましたね」
かつて成瀬から独特な投法が生まれたいきさつを聞いたことがある。
「腕は肩で上げるのではなく、ヒジで上げる感覚です。足もあまり上げず、内側にひねる動作は小さくしています。軸をずらさず、前でコンパクトに回転させる。この前での回転スピードが僕のフォームでは一番重要な部分です。これができるからこそ小さいフォームでも投げられるんだと思っています」
自らのピッチングのメカニズムをしっかり理解した上で解説する姿は、非常にクレバーな印象を抱いた。プロ入り後は2軍時代にバッティングピッチャーを務めた際、バッターにボールの出どころが見にくかったかどうかをヒアリングしながら、フォームを固めていったという。埼玉西武の主砲・中村剛也は「実際のスピードは速くないのに、表示よりも速く感じられる。ボールにスピンがきいているんです。しかも投げ方が独特で、(ボールが)いきなり出てくる感じ。だからタイミングを取るのが難しい」と厄介そうに話していた。
成瀬が「僕の生命線」と言う右バッターのアウトコースから大きく曲がるスライダーについてもコツを分かりやすく説明してくれた。
「普通のスライダーは、人差し指か中指のどちらかを縫い目にかけて投げるのが一般的です。でも、僕のスライダーは人差し指と中指の両方を縫い目にかけています。しかも、イメージとしては大きく巻き込むように投げます。最初からホームベース目がけて投げるのではなく、20〜30度くらい一塁側の方向へズラして投げる意識です。そこから曲げる感覚で腕を振っています。自然とひねりも入るので曲がり幅が大きくなる」
“招き猫投法”が左腕に通算90もの勝ち星をもたらせたのは、単なる幸運ではなく、人一倍の探究心だったのだ。こうした頭脳派がチームに加わることは若手にとって学ぶ点が多いだろう。成瀬はヤクルトの投手陣について、「若い選手、しかも、ちょうど悩んでいる年齢の選手が多い。外から来た人間ですが、野球人の先輩として教えられることは教えられれば」と語っていた。石川雅規、館山昌平という30代の理論派に、20代の成瀬が入って投手陣の“知能指数”を高めれば、他の選手の潜在能力を引き出すきっかけになるかもしれない。
聡明な左腕は新天地での立ち位置も既に考えている。
「こちらから話しかけるのではなく、自分の練習する姿を見せることが大事だと考えています。近寄りがたい雰囲気をつくることも必要で、フレンドリーになりすぎてはダメだと思います」
ヤクルトは伝統的にファミリー球団と言われ、選手同士の仲が良い。ただし、ただの仲良し集団では勝負事に勝てない。勝つために何をすべきか。それを成瀬は背中で見せようというわけだ。
かと言って、孤高の存在になるわけではない。投手陣のリーダーである石川を媒介に、チームに早くなじむことも意識している。
「(同じジムでトレーニングをする)石川さんと自主トレをして、同じチームの先輩として自分の性格を知ってもらおうと思います。できるだけ一緒にいる期間を増やしたいですね。そうすれば、石川さんが“成瀬はこういう扱いをしたらいいんだな”と分かってくれる。これは新しいチームに入る上で大事ことだと考えています」
故障で離脱者の多いチーム事情についても、先発ローテを何年も守ってきた男は一家言を持つ。
「まずはケガをしないことが第一ですが、どこかが痛いといっても、投げられる痛みと投げられない痛みがあります。その判断は難しいかもしれませんが、どっかが痛いからといって、すぐ外れてしまうと、その分、他の人に負担がかかるし、迷惑がかかる。少々の痛みは我慢して乗り越えることで強くなる部分もある。そういう面も僕がローテーションで投げ続ける中で見せていきたい」
不安視されるのは、ここ2年、ケガの影響で思うような成績を残せていないことである。今回、FA宣言をしたものの、正式に交渉を行ったのはヤクルトだけだった。球威で押すタイプではないため、コントロールミスは致命傷になる。被本塁打は8年連続で2ケタを数えた。ロッテ時代にバッテリーを組んでいた里崎智也は「ホームランの出やすい神宮球場をホームにするのは不安」と指摘する。現に昨季、神宮のヤクルト戦(5月18日)では4イニング連続の被弾を喫し、KOされたこともある。
その点を本人は「狭くてもホームランを打たれないこともあるし、球場の広さに関係なく入る時は入る」とマイナスにはとらえていない。“一発病”を気にしすぎて、自分のピッチングを窮屈にすべきではない。それが成瀬の考えだ。
期待されての入団だけに、結果を出せば救世主と崇められる一方、満足な成績を残せなければ疫病神と批判を受ける立場になる。里崎は移籍を機に「中心選手としての自覚を持ってほしい」と後輩に辛口のエールを送る。
「ピッチャーとしてはトップの位置に来て、代表にも選ばれた選手なのに、今季は若いキャッチャーに対して露骨に不満を表すことがありました。ここで一皮むけないと野球選手としては下降線をたどりかねない。成瀬にとっては重要なタイミングに来ていると思います。だからこそ僕は引退セレモニーで“オマエがチームを引っ張ってくれ”と言ったんです」
ロッテでは5年連続開幕投手を務めてきた。ヤクルトでは「言いにくい」としながらも、「5年連続の意地もある。貪欲に狙っていきたい」と来季の開幕投手に名乗りをあげた。「もう1度、一から勝負したい」との決意が本物ならば、神宮のマウンドで装いも新たに、進化した背番号17が見られるかもしれない。
「チームがCS、リーグ優勝に行けるように引っ張っていきたい」
その言葉通り、勝利の“招き猫”になれるかどうか。来季は成瀬のピッチングがチームの行方を占うと言っても過言ではない。
(次回は新年1月5日に更新します)
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