2014年12月、桃田賢斗(NTT東日本)にとって、6度目の全日本総合選手権大会は忘れられぬ大会となった。男子シングルス6連覇中の田児賢一(NTT東日本)がケガで出場を辞退した。大会直前の国際バドミントン連盟(BWF)世界ランキングは田児に次ぐ日本人2位の15位につけていた桃田が、“繰り上がり”で優勝候補の筆頭に躍り出た。「NTT東日本は6年間、ずっと全日本総合の優勝カップを獲っていました。ここで自分が負けるわけにはいかなかった」。絶対王者・田児の不在は、初優勝のチャンスを得るのと同時に、彼の両肩に“重荷”を背負わせた。
 過去に経験したことのないような異質のプレッシャーが桃田を襲っていた。1、2回戦をいずれもストレート勝ちを収めるも、決して楽な試合ではなかった。3回戦は同い年の大学王者・西本拳太(中央大学)を相手にファイナルゲームまでもつれた。「厳しい場面も結構ありました。でもきつそうな姿を見せられない。多少無理していた部分もありましたね」と序盤戦を振り返った。

 準決勝は、この年の全日本社会人選手権を制している坂井一将(日本ユニシス)と顔を合わせた。同じナショナルチームのメンバーである坂井とは、昨年は準々決勝で対戦しており、ファイナルゲームの末に桃田が勝利していた。雪辱を期する坂井に対し、堂々と受けて立った。桃田は第1ゲームを21−14で先取すると、第2ゲームは長身から強打で押す坂井の反撃に遭う。

「坂井さんの上から打ってくるショットはすごくキレがある。2ゲーム目は結構決められていました。そこで(スマッシュを打たせないために手前へ)落としにいけば、相手は嫌がる。でも、その分、“自分のショットを嫌がっているな”と思われてしまうんです。坂井さんのように強打の選手は世界に行けば山ほどいる。ここで逃げるわけにはいかなかったので、真っ向勝負をしました」

 16−20とゲームポイントを先に奪われても桃田は動じない。坂井のスマッシュにも1本1本、冷静に対応。まるで剣士が相手の剣先をいなすようにシャトルを捌いていく。徐々に坂井のショットは乱れ始め、アウトを連発した。桃田は6連続ポイントで一気に逆転。22−20でストレート勝ちを収めた。

 会心の勝利で、初優勝まであとひとつ。桃田のVロードは、盤石かに思われた。しかし、全日本総合の決勝、そして対戦相手の佐々木翔(トナミ運輸)はそう甘くはなかった。

 独特の空気に飲まれた初の決勝

「全日本総合の決勝は特別である」。多くのバドミントン選手はそう口にする。決勝は1コートのみ。会場は静寂に包まれ、観客の視線は1点に注がれる。衆人環視の中で醸し出される独特の空気に飲まれる者は数知れぬほどいた。全日本総合3種目で計14度の優勝回数を誇る舛田圭太でさえ、そうだった。舛田が初めて決勝の舞台に立ったのは1995年。快進撃を続けていた高校3年生は決勝で涙を飲んだ。その2年後、男子シングルスの優勝候補の本命として帰ってきた舛田だったが、再び決勝で敗れている。

 初の決勝進出となった20歳の桃田もまた平常心ではなかった。
「あとひとつと思えば思うほど、苦しかった。硬くなってしまったというか、いつも通りのプレーができなかった」と唇を噛んだ。その緊張感が手枷足枷となり、彼から躍動感を奪っていった。

 一方、対戦相手である佐々木はロンドン五輪男子シングルスベスト8の実力者。全日本総合決勝で田児に4度敗れているとはいえ、通算6度の決勝を経験している32歳のベテランだ。

 わずか約5グラムのシャトルは、いびつな形状の東京・代々木第二体育館が作り出す独特な風に左右され、気まぐれに舞う。この日の風は桃田にとっては、アゲインストだった。桃田がアウトと判断し、見逃したシャトルはわずかにコートの内側に入り、桃田がコート奥へと狙ったショットはアウトとなる。象徴的だったのは、11−16の場面から桃田の打球が4連続コートオーバー。繊細なショットが武器の桃田には、珍しい光景だった。

 第1ゲームを11−21で落とした桃田は、第2ゲームも序盤から佐々木に3点を先取されるなど主導権を握れない。ようやくリズムを掴みはじめ、徐々にキレのあるスマッシュを広角に叩き込み、7−6と一時は逆転に成功した。しかし、百戦錬磨の佐々木はここで易々とペースを与えない。持ち前の強打で押し返し、5連続得点。7−11と桃田のビハインドでインターバルを迎える。

 約1分間の休憩が明けると、桃田は3連続得点で佐々木に詰め寄った。一方の佐々木はそこから5連続得点で突き放す。それでも桃田は佐々木に食らいつき、13−18からの5連続得点でついに追いつく。激しいラリーの応酬に観客からは大きな拍手が送られた。決勝に相応しい手に汗握る熱戦。20歳の若き才能と、円熟味を増す32歳のレフティー同士の対決を制したのは、後者だった。19−19の場面で桃田は、佐々木にスマッシュを叩き込まれ、チャンピオンシップポイントを奪われる。最後は桃田のサイドラインぎりぎりを狙ったショットがアウトと宣告され、万事休す。「翔さんの経験からくる落ち着きと、気迫に負けてしまった。1本の重みを先輩から教えられたのかなと思います」というストレート負けで、桃田6度目の全日本総合は幕を閉じた。

 見せ場は作ったものの、ほぼ完敗といってよかった。初の決勝を桃田は振り返る。
「自分が硬くなっていた分、相手はすごくノビノビとやっていて、普段よりも強く感じました。あの緊張感の中で、翔さんは力を出し切り、自分はそうじゃなかった。負けたことももちろんですが、こういう試合で自分の100%を出せなかったことが何よりも悔しい……」

 対照的な出来で勝者と敗者として分かれた2人は、3週間も経たぬうちに、再戦する。桃田は実業団のチーム対抗戦となる日本リーグで、佐々木の所属するトナミ運輸と対戦。今度はストレートで佐々木を破ってみせた。リベンジを果たした桃田は、その後も連戦連勝。NTT東日本は7戦全勝で6年ぶりに日本リーグを制した。桃田は任された第1シングルスで7戦全勝し、1ゲームも落とさぬ完璧な内容。獅子奮迅の活躍を見せた桃田は、最高殊勲選手賞(MVP)に選ばれた。すぐに借りを返し、翌シーズンへと弾みをつけたのだった。

 リオ経由、東京行きのシナリオ

 小学生時代、父親とひとつひとつ設定した目標をクリアし、最終学年で日本一を手にした。中学、高校と決勝で敗れた悔しさを翌年に晴らしてみせた。高校卒業までに掲げた世界ランキング50位以内、世界ジュニア優勝というノルマも達成した。トマス杯を制し、団体戦世界一を経験した今、視界には当然、オリンピックが入ってきている。

「最終目標は東京オリンピックで金メダルを獲ること」と語る桃田。そのためには、来年のリオデジャネイロ五輪の舞台には立っておきたい。バドミントンは世界ランキングを基に出場国枠、選手が決まる。16位以内に入り、日本人2位以上であれば、その切符を手にすることができる。桃田は現在15位(3月26日時点)で日本人2位と圏内にいる。過去最高は11位。リオ五輪までにそれを上回る8位以内を狙っている。

 BWFスーパーシリーズなど国際大会で海外を転戦し、世界レベルを体感する桃田によれば、北京&ロンドン五輪の金メダリストのリン・ダン(中国)、長く世界ランキング1位を保持していたリー・チョンウェイ(マレーシア)など世界のトッププレーヤーはオーラが違うという。「あの2人は立っているだけで、存在感がすごい。コートが狭く見えますね」。積み上げた実績と自信、そして何より力で相手を圧倒する。日本の第一人者の田児でさえ、そのオーラに押され、リン・ダンやリー・チョンウェイに歯が立っていない。「いつか自分も(オーラを)纏えるようになれれば」と桃田は語る。

 成長への特効薬はない。“オーラ”という目に見えないスーツを纏うためには、今はただ地道に力をつけて、場数を踏んでいくしかない。自身が課題に挙げる「スタミナ、スピード」というフィジカルを向上し、「世界でも上位」と自負するテクニックという武器を磨くしかない。

 ナショナルチームで桃田を指導する舛田コーチは、ここ数年の成長を確かに感じ取っている。「ナショナル合宿での厳しいトレーニングに耐え、身体が出来てきたことで、コースがしっかり絞れるようになりました。たとえば10センチぐらいの範囲だったコントロールが、5センチになったりと、今はかなりいいショットを打てていますね」

 桃田が最終目標とするオリンピックで金メダルは、日本人で誰も成し遂げていない偉業である。これまで日本バドミントン界はオリンピックで銀メダルが最高成績である。男子シングルスに限って言えば、表彰台に上がったことは一度もない。それを5年後の東京で掴み取れれば、最高のシナリオだ。

 福島での6年間の恩師である大堀均監督(富岡高)は、そこに運命的なものを感じている。
「桃田が高校3年で迎えた世界ジュニアがちょうど日本開催だった。まるでこの巡り合わせは彼のために設定されているようでした。そして2020年のオリンピックは26歳で、男子のプレーヤーにとってピークの時でしょう。それも含めて、桃田は“持っている”と思うんですよね。幸運を自分の力に変えてしまう何かがあるんでしょうね」

 2020年夏、東京――。舞台は整っている。あとは主役の登場を待つばかり。オリンピック決勝のセンターコートで、高らかに舞うのは『スーパーマン』の主人公クラーク・ケントに由来する“KENTO”だ。桃田賢斗は5年後に日本のヒーローへと変身する。今はそのために“オーラ”というスーツを新調中なのである。

(おわり)

桃田賢斗(ももた・けんと)プロフィール>
1994年9月1日、香川県生まれ。7歳でバドミントンを始め、小学6年時に全国小学生選手権大会のシングルスで優勝した。中学からは地元を離れ、福島の富岡第一中に入学。3年時には全国中学校大会のシングルスを制した。富岡高進学後は、2年時に全国高校総合体育大会(インターハイ)のダブルスで優勝、シングルスで準優勝を果たした。3年時にはインターハイのシングルスを制すと、アジアユース選手権、世界ジュニア選手権などの国際大会でも優勝を収めた。高校卒業後はNTT東日本に入社し、1年目から活躍。全日本社会人選手権で頂点に立つと、全日本総合選手権大会でベスト4に入った。昨年は男子国別対抗戦のトマス杯に出場し、日本の初優勝に貢献。全日本総合ではシングルスで準優勝した。BWFスーパーシリーズファイナルにも出場。BWF世界ランキング15位(3月26日時点)に入る。身長174センチ。左利き。

(文/杉浦泰介、写真/NTT東日本バドミントン部)

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