ファイトマネーもケタ違いなら、損害賠償の請求額もケタ違いである。「世紀の対決」として注目を集めたフロイド・メイウェザーとの世界ウェルター級王座統一戦で1億ドル(約120億円)ものファイトマネーを手にしたマニー・パッキャオが、右肩の故障をネバダ州のアスレチック・コミッション(NAC)に報告しなかったことを理由に、試合後、2人の男性から500万ドル(約6億円)以上の損害賠償を求める訴訟を起こされた。
 原告はパッキャオの勝利に賭け金を投じ、損害を被ったという。事実を公表しなかった以上、取引自体が「詐欺」あるいは「偽計」にあたる、と主張しているようだ。

 今後の裁判の行方に注目が集まる。もし故障の事実を正直に、しかも正確に申告しなかったことが罪に問われるなら、それこそボクシングというスポーツ自体が成立しなくなる。仮にパッキャオが試合前、NACに報告していたとしよう。この事実は当然、敵陣営に伝わる。不利な情報を、なぜ、わざわざ明らかにしなければならないのか。こうした反論が支持を得るのは、火を見るよりも明らかだ。ただ、試合後にケガを公表したのはスマートさに欠けた。世界的なプロモーターとして知られる帝拳ジムの本田明彦会長は「負けた言い訳にしか聞こえなかった。あれは残念」と語っていた。

 賭けの対象にされるスポーツは、もちろんボクシングだけではない。英国のブックメーカーはアジアのサッカーの試合にもオッズをつける。日本代表が初めてW杯出場を決めた“ジョホールバルの歓喜”の裏で、こんなことがあった。前日の練習でイランのFWホダッド・アジジが、いきなりヒザをおさえてのたうち回り、車イスで運ばれたのだ。これは私の目の前で起きたことなので、よく覚えている。

 ところが、このイラン人、翌日の日本とのプレーオフには涼しい顔で出場し、同点ゴールまで決めてみせたのだ。大根役者なのか、千両役者なのか。もちろんスポーツマンシップにもとる非紳士的行為だが、しかし、こうしたことは、よく起きる。いちいち詐欺だの偽計だのと目くじらを立てていたのでは身が持たない。むしろ、こうした百鬼夜行もスポーツの一部と考えるべきではないか。ラスベガスでの裁判は札束が舞い踊るギャンブルタウンの日陰に咲いた徒花のように映る。

<この原稿は15年5月13日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから