「ヤクルトはバッティングがいいから、あとはピッチャーだけと言われるのはプレッシャーかかるよ。バッティングはそんな簡単なもんじゃない。当然、相手も対策を練ってくる。セ・リーグはどこもスコアラーが優秀だからね……」
 春の浦添キャンプ中、杉村繁チーフ打撃コーチがポツリと漏らしていたことを思い出す。
 昨季リーグトップのチーム打率.279、667得点をあげた打線が、今季は一転、機能していない。打率.229、117得点はいずれもリーグワーストだ。選んだ四球も101個と最も少なく、出塁率は唯一3割に満たない(.287)。

 誤算が生じた原因はどこにあるのか。ひとつはチーム事情だ。中軸のウラディミール・バレンティン、ラスティングス・ミレッジがいずれも故障で離脱。軸になるバッターを欠いては破壊力はどうしても落ちる。1番・山田哲人、2番・川端慎吾、3番・バレンティンと初回から相手先発ピッチャーにプレッシャーをかけ、ドカンと大量得点を狙う構想は大幅に修正を余儀なくされた。

 真中満監督が打ちだした4番・雄平プランも前にバレンティン、後ろに畠山和洋やミレッジと露払いや、太刀持ちを従えてこそ生きるものだ。開幕から4番を任されていた雄平は「打てばいいけど、打てないと責任がドンと来る。意識していないつもりでも意識していた」と重圧がのしかかっていたことを認めていた。

 もうひとつは環境の変化がある。今季から時間短縮の取り組みとして、審判は広いストライクゾーンを採用している。これがバッターの感覚に微妙な狂いをもたらせている。
「ボールと思って見逃したら三振をとられた。まだ自分のイメージと合っていない部分がありますね」
 山田哲人は開幕直後、そう話していた。昨季は日本人右打者最高の193安打を放ち、リーグ3位の打率.324をマークしたヒットメーカーが、今季は打率.252と苦しんでいる。三振も32個を数え、昨季より割合が高い。

 山田は本人が言う通り、「ボールを見てから打ちに行きたい」タイプだ。自分のストライクゾーンに自信が持てなければ、スタイルを曲げてでも早いカウントで打って出るしかない。それはバッティングにも微妙な影響を与える。他球団でも広島の丸佳浩や、埼玉西武の栗山巧ら、選球眼のいいバッターが開幕から不振にあえいだのも共通の原因があったからだろう。

 NHKの中継でOBの宮本慎也が指摘していたように、打ちに行こうとするあまり、山田はトップの位置が浅くなっていた。杉村コーチがヤクルトのバッターに徹底している“右壁”が崩れてしまっていたのだ。

 よくバッティングではピッチャー側の壁、つまり右バッターの“左壁”が大事と言われる。ピッチャー側の壁が開いてしまっては、アウトコースのボールがバットから離れてしまうからだ。しかし、杉村コーチは、「それ以上に大事なのは右壁」と指摘する。

「人間は一番力が溜まるは、90度の角度で構えている状態です。たとえば、物を持ち上げる時もヒジの角度は90度になるでしょう? バッティングも力を溜め、それをインパクトの瞬間に爆発させるためには、地面に対して90度で構えないといけないんです。キャッチャー側の右足、右腰、トップに入った時の右手、これらの位置が地面に対して垂直に立った壁のようにきっちり固める必要がある。右壁が崩れると、前に突っ込んでしまい、力強い打球が打てません」

 これは山田に限らず、他のバッターにも当てはまる。ストライクゾーンが広いと、追い込まれて三振を喫する恐怖から、無意識のうちに「打とう打とう」との思いが強くなっていく。チャンスであればなおさらだ。右壁を維持できず、前に突っ込むと、必然的にひっかけたり、打ち損じる打球が多くなる。今季、チーム併殺打が32個とリーグで最も多いのは、この右壁の崩れと無縁ではあるまい。

 狂ってしまった感覚やフォームを修正し、アジャストさせるには時間がかかる。だが、首位だった4月下旬から4連敗と9連敗を重ね、一気に最下位に転落したチーム状況が、選手たちに、その余裕を失わせた。

 真中監督や杉村コーチは「ストライクゾーンをコンパクトにして、狙い球をしっかり定める」指示を選手たちに出している。「雄平にしろ、山田にしろ、だてに3割を打っているわけではないから技術が高い。“なんで、そんなボール打つんや”という難しいコースでもバットに当ててヒットにしてしまう。だけど、もっとシンプルに狙い球を打っていけば、率は上がるし、長打も出るはずなんです」と杉村コーチは明かす。

 ところが、ある主力選手は「何とかしなきゃと思うと、何でも手を出してしまう」と苦しい胸の内を吐露していた。主軸の離脱、ストライクゾーンの変化、急降下したチーム状況……複合的な要素が絡み合って、貧打を余儀なくされていると言えるだろう。

 ただ、悪夢の連敗は週末の東京ドームでストップした。あと1週間で交流戦もスタートし、気分も変わる。順位は最下位とはいえ、借金はまだ5つで悲観する数字ではない。ミレッジは間もなく復帰し、フロントも起爆剤となる助っ人外国人を緊急補強する模様だ。燕の季節は、これからと信じたい。
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