日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在として日米通算201勝をあげ、今年7月に現役引退を表明した野茂英雄氏の特集が現在発売中の『Number』(文藝春秋)で組まれている。その特集内では、アマチュア時代から野茂氏を取材し続け、メジャーリーグ挑戦を後押しする論陣を張った当HP編集長・二宮清純との対談も掲載されている。渡米を巡る騒動から14年。当時の思い出から、現在の日本球界への提言に至るまで、長年の“戦友”同士の対話は1時間以上に渡って繰り広げられた。
 対談の中で野茂氏が、もっとも熱く語ったのは、古巣・近鉄への思いだった。2004年の球界再編騒動時、海の向こうから「最後まで何とかできないのかと考えていた」という。「こういうことは本来、あってはいけないことだと思うんです。ストライキの結果、新規参入球団として楽天が誕生しましたが、もう1球団つくる余裕があるのなら、近鉄の歴史を引き継いでもらいたかった」。近鉄のみならず、社会人時代に在籍した新日鐵堺は94年に休部となり、出身高校の成城工も今年、閉校した。自分を育ててくれた場所が消滅してしまったことへの憤りが、言葉の端々から伝わってきた。

「僕のような遅咲きの選手は社会人野球がなかったら、プロになれていなかったでしょう」
 そんなアマチュア選手の受け皿として立ち上げた「NOMOベースボールクラブ」は創部5年目を迎える。しかし、日本球界は、野茂氏のような試みをバックアップする体制になっていない。たとえば都市対抗野球。出場チームは企業、クラブに関係なく、一定数のチケットを買い取らなくてはならないのだ。これは財政基盤の弱いクラブチームにとっては大きな出費となってのしかかる。

「いずれ野茂さんには社会人野球を統括する日本野球連盟の会長になってほしい」。そう水を向けた二宮に対し、野茂氏は「NOMOクラブには理想がある。NOMOクラブ出身のプロ野球選手が、現役引退後、次代のプロ野球選手を育てるために今度はサポートする立場に回ってもらいたい」と夢を語った。

 第一線のマウンドからは離れるが、NOMOクラブの運営を中心に野球に携わる生活は続く。「(スポンサー獲得などの)営業は苦手」と苦笑いするが、「僕が経験したプレーする楽しみを次の世代に伝えていきたい」と意気込む。「僕には口で言うよりも、自分でやらなきゃ、という思いが強い。何事も本気でやっているつもりです」。これまでもそうやって道を切り拓いてきた。そして、これからも――。

 野茂英雄は昔と全く変わっていない。久々の対談を終えた二宮は感想を口にした。「男は黙ってヒデオ・ノモ」。野球人として第2の人生でも、きっと不言実行の活躍をみせてくれるに違いない。そんな期待を抱かせるロングインタビュー。詳しい内容はぜひ『Number』でお楽しみください。