米国ネバダ州ラスベガス――。言わずと知れたギャンブルの街である。この地には一攫千金を夢見るギャンブラーたちが集う。砂漠地帯にある大都市に、一度は諦めた夢を再び追いかけ、降り立った男がいる。男子グレコローマンスタイル66キロ級日本代表の泉武志(一宮グループ)だ。彼は現地時間7日に開幕する世界選手権に出場し、オリンピックへの切符を掴み取ろうとしている。今大会は五輪種目の各階級5位以内が、まず国別出場枠を獲得。さらに表彰台に上がることができれば、リオデジャネイロ五輪代表にグッと近付く。この4年に1度の夢舞台こそが、泉がマットに戻ってきた理由なのだ。
 高校2年でレスリングをはじめ、名門・日本体育大学へと進んだが、泉はエリートと呼ばれるような存在ではない。実業団からの誘いもなく大学卒業後は一度、現役を退いたこともあった。TV番組の制作会社での勤務を経て、復帰直後はフリーターのような生活をしながらレスリングを続けた。オリンピックに出るという夢が諦めきれなかったのである。

 異色の経歴を持つ泉は、自らの特長をこう分析する。
「自分はスタミナで勝負。相手をバテさせて、ポイントを取っていくスタイルです。技術的なものは全然ダメ」
 彼を大学時代から指導している日体大の監督・松本慎吾も「体力はあるんですが、不器用なんですよ。技術的に巧いというわけでもないし、体力で押し切って勝っている」と語る。「何にしても全然センスがないんで、自分はコツコツ派ですね」と口にする泉は、自他ともに認める不器用な男だ。

 2004年のアテネ五輪男子グレコローマンスタイル55キロ級日本代表で、現在は全日本のコーチを務める豊田雅俊は「スタンドレスリングで差して出て行くようなスタイルが強いですね」と泉を評価する一方で「ただ差して出るのは得意なんですが、決定打がない。失点をしてしまうと、大きな技もないので、逆転は難しいかもしれません」と見る。3分2ピリオド制で、ポイントを多く取った方が勝利するアマチュアレスリング。一発逆転の大技を持っていることは当然、強みになる。

 だが泉にはスタンドから相手をマットに串刺しにするような高速タックルや、豪快な投げ技の俵返しや飛行機投げなどがあるわけではない。ただひたすら前に前にと突き進み、相手へプレッシャーをかけるのが彼のやり方だ。代名詞となる必殺技がなくとも、その愚直なまでの攻撃が泉の強みとなる。そう証言するのは、現役時代はグレコローマンスタイル84キロ級で2度のオリンピック出場経験のある松本だ。
「逆に泥臭いレスリングが自分の武器ならば、徹底してやるべきです。たとえ先攻されても最後に逆転するために何度も繰り返す。それを絶えずやることが、勝つためには大事だと思います」

 まさかの初戦敗退。奏功したリフレッシュ

 今年6月、東京・代々木第二体育館で行われた全日本選抜選手権。全日本選手権を制していた泉は、優勝すれば文句なしで世界選手権代表に決まる試合だった。しかし、泉の階級である男子グレコローマンスタイル66キロ級は激戦区のひとつ。全日本選抜には、ロンドン五輪男子グレコローマンスタイル60キロ級銅メダリストで、階級を66キロ級に上げて臨んだ昨秋のアジア競技大会でも銀メダルを獲得した松本隆太郎(日本体育大学スポーツ局)、全日本選抜2度の優勝経験があり、世界選手権8位の音泉秀幸(ALSOK)、71キロ級の全日本選手権王者の井上智裕(三恵海運)ら強敵揃いだ。

 それでも簡単に負けられない理由があった。4月からフリーター生活から一宮グループの所属になり、環境は大きく変わった。
「レスリングでお金をもらっているので、勝ってナンボ。(今まで以上の)責任はありますね」

 シードで2回戦からの登場となった泉は、1回戦を勝ち上がった井上と対戦した。泉は序盤から2ポイントのリードを奪ったが、受けに回る場面も見られ、井上の反撃を許した。逆転されると、劣勢を引っくり返せぬままタイムアップ。4−6のスコアでまさかの初戦敗退となり、泉はガックリと肩を落とした。

 だが、このまま終わるわけではない。全日本選手権を制していた泉は、全日本選抜の優勝者との代表決定プレーオフがある。「アジア選手権も初戦で負けていて、これでプレーオフ負けたんでは、とても会社に報告できない」。プロとしての意地と責任がある。泉は「悪い運気を流そうと」とシャワーを浴びた。後輩とともに会場の代々木第二体育館を出て、食事に出かけた。

「変なところで負けるよりも初戦で負ける方が、気持ちの切り替えも全然違う。体力的にも優位だった。今は、これはこれでよかったのかなとは思っています」と振り返るように、気分転換は功を奏した。1試合しか戦っていない泉に対し、5試合目の井上。スタミナ面でのアドバンテージは火を見るよりも明らかだった。

 攻めの姿勢で掴んだラスベガス行きの切符

 1戦目から約6時間後ろのリマッチは、開始1分15秒に動いた。低く突いていこうとした泉が井上をサークル外に押し出す。だがレフェリーに頭突きの反則を取られ、相手に2ポイントが入った。「不意に当たった感じだったので、“頭突きなんて狙っていないよ”という気持ちでした」。マット上でも不満を露わにしたが、判定は変わらず0−2と先制を許す苦しい展開となった。

 2分8秒に再び井上をサークル外に押し出した。今度は正真正銘、泉がポイントを獲得し、1−2と迫った。その後もアグレッシブに攻める泉に対し、井上が守勢に回る展開で第1ピリオドを終えた。

 30秒のインターバルを挟んでも、泉攻勢の流れのまま時間は過ぎて行く。井上は疲れのせいからか、消極的に映った。審判は井上に2度の警告を与え、パーテレポジションを指示した。泉はうつ伏せで床を這う体勢となった井上を持ち上げようとする。井上も必死にもがいたものの、泉がついにリフトアップ。「“ここで返さなきゃ、おしまいだな”と。あそこは勝負どころでしたね」と振り返る。井上を担ぎ上げた泉は、サークル外へとスープレックス気味に放り投げた。4ポイントに加え、相手の反則も重なり、6ポイントが泉に加算された。7−2と大きくリードした泉が、勝利をグッと手繰り寄せた。

「とりあえず攻めることを忘れないようにしようと。自分が攻めることをやめれば、守りに入ってしまうことになる。それは相手に攻めさせるチャンスを与えるということなので、自分の失点にも繋がる」。残り1分半、泉は井上から逃げることなく攻めの姿勢を貫いた。試合終了笛が鳴ると、両手を掲げて雄叫びを上げる。ラスベガス行きの切符を手にし、感情が爆発させた。
「オリンピックが自分の夢だった。それに一歩一歩近付いている。そういう実感が湧いてきて、あと少しなんだと」

 不器用な男が歩んできたオリンピックへの道。決して華々しい道のりを辿ってきたわけではない。それでも泉は諦めなかった。

(第2回につづく)

泉武志(いずみ・たけし)プロフィール>
1989年4月6日、愛媛県八幡浜市生まれ。八幡浜工高校2年からレスリングを始める。3年時には全国大会に出場するも個人では目立った成績は残せなかった。名門・日本体育大へと進むと、4年時には全日本学生選手権(インカレ)グレコローマンスタイル60キロ級優勝。インカレ王者に輝くと、国民体育大会成年男子同級で準優勝などの好成績を挙げた。大学卒業後は現役を引退。TV番組の制作会社に勤めたものの、12年のロンドン五輪に刺激を受け、復帰を決意した。翌年の全日本社会人選手権グレコローマンスタイル66キロ級で優勝すると、NYACホリデーオープン(米国)も制した。14年は全日本社会人選手権と国体を制すと全日本選手権初制覇を成し遂げた。今年はアジア選手権に出場。全日本選抜選手権では初戦負けを喫したが、プレーオフで勝利を収め、自身初の世界選手権切符を手にした。一宮グループ所属。174センチ。

(文・写真/杉浦泰介)




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