
8日、陸上の世界選手権(モスクワ)選考会を兼ねた日本選手権2日目が行われ、男子100メートルでは、山縣亮太(慶應大)が10秒11で初優勝を果たした。山縣は派遣標準記録Aを突破し、日本選手権で優勝するという選考基準をクリア。初の世界選手権代表に内定した。注目の高校生・桐生祥秀(洛南高)は10秒25の2位。同種目初の高校生優勝はならなかったが、桐生も世界選手権の代表の選考基準を満たしており、モスクワ行きの切符を手にした。1万メートルは、既にA標準を突破している佐藤悠基(日清食品グループ)が大迫傑(早稲田大)に競り勝ち、3連覇を達成。やり投げは村上幸史(スズキ浜松AC)が、ただ1人80メートル台(81メートル04)をマークし、13度目の優勝を成し遂げた。この結果により佐藤と村上は、世界選手権代表に内定した。また400メートルでは金丸祐三(大塚製薬)が連続優勝記録を9つに伸ばした。女子100メートルは福島千里(北海道ハイテクAC)が11秒41で4連覇。100メートルハードルは、柴村仁美(佐賀陸協)が日本歴代2位タイの13秒02、400メートルは高校生の杉浦はる香(浜松市立高)が日本歴代2位の52秒52でいずれも初優勝した。
(写真:桐生vs山縣の第2Rは山縣に軍配) 20歳の山縣亮太、17歳の桐生祥秀。2人の若者が、今まで超えられなかった壁に挑もうとしていた。日本人初の100メートル9秒台へ――。この日、歴史が変わる瞬間を見届けようと、会場の味の素スタジアムには1万7000人がつめかけた。日本記録保持者で日本陸上競技連盟の男子短距離部長を務める伊東浩司は「国内では味わえないような緊張感」と会場の雰囲気を表現した。山縣が「注目されて、うれしい。こういう舞台で走れる喜びを感じました」語れば、桐生は「ワクワク感がありました」とプレッシャーを楽しんだ。
競技開始時刻の17時50分。その他の種目は終了し、この日のフィナーレは、男子100メートル決勝のみが残されていた。スタジアムが静寂に包まれ、視線は一斉にスタートラインに注がれた。4レーン・山縣、5レーン・桐生。2人の名がコールされると、一際大きな拍手がおくられた。スタート直前、山縣は覚悟を決めたような落ち着いた表情を見せ、桐生はいつも通りのルーティンで号砲を待った。
パーンと打ち鳴らされた戦いの狼煙とともに、飛び出したのは山縣だった。徐々に加速すると、60〜70メートル間は、最高時速40.97キロをマーク。70メートル付近では「力を抜くことができた」と、力感のないフォームでスムーズな水平移動。他を寄せ付けない圧勝で、3度目の日本選手権で初制覇を成し遂げた。両拳を握りしめ、喜びを噛みしめるようにガッツポーズを作った。
去年は江里口匡史(大阪ガス)、九鬼巧(早大)に敗れ3位だったが、ロンドン五輪での活躍を経て、勝たなくてはならない立場になった。初の日本一に「ホッとしています」と胸をなでおろした。今シーズンのこれまでのレースは、「あまりいい走りではなかった」という。9秒台を期待され、自身もそれに応えようとした。ただタイムを狙いすぎるあまり硬くなる自分がいた。地元で桐生に敗れた織田幹雄記念国際陸上がそうだったという。「自分のレースに集中する」をテーマに掲げた山縣は、予選から「タイムはどうにでもなる」と、気負わずに臨んだ。それが10秒14のA標準突破の好記録につながり、決勝へと勢いをつけた。

山縣は織田記念では0秒01敗れた桐生に、雪辱を果たしたかたちとなった。優勝タイムは10秒11。2位の桐生には、0秒14の差をつけた。レース後のインタビューは2人同時に受けた。一方が序盤で飛び出して、そのまま逃げ切る。奇しくも同じ試合展開で勝者は入れ替わった。
(写真:レース後、健闘を称え合った2人は固い握手) 桐生の日本選手権デビューは準優勝で幕を閉じた。「いい経験ができました。もっともっと練習して、また来年、この舞台に戻ってきたい」とリベンジを誓う。レースの中盤、山縣が抜け出すのが見えた時点で「全然、追いつかなそう」と、気持ち的に負けてしまったという。後半追い上げたものの、伸び切らなかった。そこに敗因があった。
日本人9秒台の狂想曲は今後も続く。終止符を打つのは、山縣か桐生か。記録への注目とともに、2人のライバル対決は見ごたえがあり、観衆を沸かせた。山縣は桐生を「持っているものはすごい。自分にないものを感じる。心強いライバル、一緒に強くなっていきたい」と共闘を誓った。一方の桐生は山縣に対し、「やっぱり大きな舞台で、タイムを出せる。山縣選手は全然動じない。そういう面を見習っていきたい」との思いを抱いた。
山縣と桐生は、ともに世界選手権の代表に決まった。モスクワまでの道のりは、山縣がロシアでのユニバーシアード、桐生が北九州での全国高校総合体育大会(インターハイ)と、それぞれのカテゴリーで頂点を目指す。伊東は「山縣君は金メダル、桐生君にはインターハイのスターとして、本番(世界選手権)に来てほしい」と、ノルマを課した。そして本選では「(2人には)世界を驚かせてほしい」との期待を寄せた。山縣と桐生の直接対決は、1勝1敗。2人の切磋琢磨が、陸上界を盛り上げる。そして9秒台の扉をこじ開けるのは、どちらが先か。
男子やり投げのライバル対決は、村上がディーンに勝利し、2年ぶりの日本選手権を獲得した。ただ王者は「評価できない。今シーズンで一番ダメだった」と不満を露わにした。1投目は76メートル。投てき後は、腰を気にする仕草を見せた。これについて、「悪い投げをしたから、腰にきた」と説明した。

「どこかで全体の雰囲気を変えなくてはいけない」との思いを抱えながら、それが生まれたのは5投目。唯一の80メートル超えを果たしたが、序盤に出せなかったことを悔やんだ。織田記念では自己ベストを更新する85メートル96のビッグスローを見せた。それでけに今シーズンの自分への期待値は大きかったのかもしれない。「まだまだ力不足。このままだと織田がマグレになってしまう」と危機感を口にした。
(写真:「ダラダラした試合運びだった」と悔いた村上) 王者の表情が曇ったままなのは、もうひとつ理由があった。2位のディーンが78メートル73と低調な記録に終わったことだ。ロンドン五輪9位の若武者は、世界選手権の派遣標準記録を突破できなかった。「できれば3人で行きたかった」と、第一人者は歯がゆい気持ちを口にした。ディーンに対しては、「僕と違って、まだまだ若い。世界へ羽ばたくチャンスはある」となぐさめた。だが、その沈痛の面持ちは、ライバルの不振を嘆いているようでもあり、ディーンの投てきを引き上げられなかった自分を責めているようでもあった。
昨年は村上の13連覇を阻んだディーンは、今大会はディフェンディングチャンピオンの立場。「割と落ち着いていた」と、重圧に押しつぶされたわけではない。だが「自分の持っている力をどれだけ発揮できるか。それができなかったという点では、すごく悔しいです」と不完全燃焼。今後はユニバーシアードが控える。世界選手権と同じロシアの地で、自己ベスト更新を目指す。21歳は「また強くなって戻ってきたい」と、前を向いた。
男子1万メートルは、箱根を沸かしたランナーたちが共演した。新旧“山の神”柏原竜二(富士通)、今井正人(トヨタ自動車九州)や、大学のエースランナーだった佐藤、宇賀地強(コニカミルノタ)。早稲田大の大迫を筆頭に、窪田忍(駒澤大)、設楽悠太・啓太兄弟(東洋大)ら強豪大学の現役エースたちが顔を揃えた。レースはゆったりとした展開。宇賀地強(コニカミルノタ)が中心となって引っ張っていた。
序盤から様子を窺うかたちで、先頭集団に潜んでいた昨年の1、2位コンビの佐藤と大迫。勝負はラスト1周の鐘の音が鳴った同時に、しかけられた。佐久長聖高の先輩後輩にあたる2人は、ともにA標準を切っており、勝った方が代表に内定する。モスクワ行きの切符をかけたスパート勝負となった。最初に飛び出したのは、昨年はラスト1周で佐藤に離され、2位に入った大迫。初優勝もロンドン五輪の切符も、あと一歩届かなかった悔しい思いがあった。

しかし、最後に笑ったのはロンドン五輪代表でこの種目連覇中の佐藤だった。「展開的には早くならないと思った。余裕をもってついていって、ラスト100から決めようと思っていました」というプラン通りの走りで、ラストの直線で抜け出すと、そのままトップでゴールイン。前回の世界選手権大邱大会、昨夏のロンドン五輪に続き、3大会連続での世界大会行きを決めた。長距離トラックのエースの実力を発揮。世界選手権に向けては、「大邱とロンドンはいまいちな走り。同じ失敗はしない」と決意を語った。
(写真:昨年に続き、スパート勝負で制した佐藤) 一方の大迫は、「抜かされてから固まってしまった。僕と(佐藤)悠基さんの力の差」と負けを認めた。2位に入り、世界選手権の代表は濃厚。ただ「優勝して、気持ちよく代表を決めたかった」と、納得はいっていない。また3位の宇賀地は、レースを引っ張りながらも最後に2人に先着を許した。「優勝を狙っていた。力不足を痛感した」と唇を噛んだ。

女子100メートルハードルは、優勝候補の木村文子(エディオン)を抑えて、紫村が大会新で制した。13秒02は日本歴代2位タイの好記録。B標準を突破し、世界選手権代表へと望みをつないだ。「一度も日の丸をつけたことがない。中学生からの夢」という日本代表に近づいた。ただ本人は「12秒台、A標準を狙っていた」とタイムには悔しがり、「13秒台では世界で戦えない」と視線は先を見据えていた。
2位の木村も13秒03で自己ベストを更新。「(紫村と)2人でA標準を狙っていこうと話しいたので、悔しい」と納得はいっていない。ただ、表情を晴れやかで「久しぶりにやりたいレースができた」と充実感もうかがわせた。紫村には敗れたが、「その中で作られるリズムがある」と、競り合えるライバルの登場を喜んだ。
(写真:100分の1秒差の紫村<左>と木村) 400メートルでは、ニューヒロインが出現した。前日の予選で高校新記録を叩き出し、全体1位で通過した杉浦である。この日の決勝は、順位を意識せず、「今持ってる力を出し切ろう」と無欲で臨んだ。最終コーナーを前にトップに立つと、その余勢を駆って、オリンピック出場経験のある千葉麻美、青木沙弥佳(ともに東邦銀行)から逃げ切った。予選を上回る52秒52は、日本ジュニア新記録で日本歴代2位だ。「これだけいい記録が出ると、まわりから期待されてしまう。自分は自分だという気持ちで、上に行きたい」。この日が、18歳の誕生日の杉浦が、自らの勝利で祝った。スーパー高校生の今後が楽しみである。
決勝の結果は次の通り。
<男子100メートル>
1位
山縣亮太(慶應大) 10秒11
2位
桐生祥秀(洛南高) 10秒25
3位 高瀬慧(富士通) 10秒28

<男子400メートル>
1位 金丸祐二(大塚製薬) 45秒56
2位 山崎謙吾(日大) 46秒00
3位 中野弘幸(愛知陸協) 46秒23
(写真:トラック種目最多タイとなる9連覇を達成した金丸)<男子10000メートル>
1位
佐藤悠基(日清食品グループ) 28分24秒94
2位 大迫傑(早稲田大) 28分25秒84
3位 宇賀地強(コニカミノルタ) 28分27秒00
<男子走り幅跳び>
1位 大岩雄飛(モンテローザ) 7メートル76
2位 下野伸一郎(九電工) 7メートル75
3位 嶺村鴻汰(筑波大) 7メートル52
<男子円盤投げ>
1位 畑山茂雄(ゼンリン) 56メートル90
2位 堤雄司(国士舘大) 55メートル67
3位 小林志郎(新潟アルビレックスRC) 53メートル93

<男子やり投げ>
1位
村上幸史(スズキ浜松AC) 81メートル04
2位 ディーン元気(早稲田大) 78メートル73
3位 高力裕也(鳥取AS) 77メートル84
(写真:今シーズンは村上に3戦全敗のディーン)<女子100メートル>
1位 福島千里(北海道ハイテクAC) 11秒41
2位 渡辺真弓(東邦銀行) 11秒62
3位 土井杏奈(埼玉栄高) 11秒74
北風沙織(北海道ハイテクAC)
<女子100メートルハードル>
1位 志村仁美(佐賀陸協) 13秒02 ※大会新
2位 木村文子(エディオン) 13秒03
3位 伊藤愛里(住友電工) 13秒27

<女子400メートル>
1位 杉浦はる香(浜松市立高) 52秒52 ※日本ジュニア新
2位 大木彩夏(新島学園高) 53秒17
3位 青木沙弥佳(東邦銀行) 53秒56
(写真:同種目23年ぶり高校生女王となった杉浦)<女子棒高跳び>
1位 竜田夏苗(武庫川女子大) 4メートル10
2位 濱名愛(しきしま倶楽部) 4メートル00 ※試技数により2位
3位 仲田愛(茨城茗友クラブ) 4メートル00
<女子三段跳び>
1位 吉田文代(郡山女子大付高AC) 13メートル14
2位 山根愛以(園田学園女子大AC) 12メートル90
3位 宮坂楓(横浜国立大) 12メートル88
<女子砲丸投げ>
1位 白井裕紀子(滋賀陸協) 15メートル65
2位 茂山千尋(国士舘クラブ) 15メートル29
3位 福富栄莉奈(園田学園女子大) 15メートル08
※選手名の太字は世界選手権代表内定
(杉浦泰介)