
16日、IPC陸上競技世界選手権大会がフランス・リヨンで開幕する。ロンドンパラリンピックのメダリストなど、世界のトップ選手たちが一堂に会する大会だ。昨夏、初めてのパラリンピックで100メートル、200メートルともに入賞を果たした高桑早生(慶應大)も出場する。公式大会としては、ロンドン以降初の世界の舞台。狙うは、2011年ジャパンパラ以来となる100メートルでの13秒台、そして日本新記録だ。
「うまくいけば13秒7くらいはいけると思います」
10年から高桑を指導している高野大樹コーチは今、彼女の走りに手応えを感じている。世界選手権前最後のレースとなった今月6日の関東身体障害者陸上競技選手権大会、高桑は14秒18をの好タイムを叩き出した。スタンドから見ていた高野コーチの目にも、全体的な動きはいいように映った。
だが、高野コーチはもうひとつしっくりときていなかった。動きはいいが、勢いに欠けているように感じていたのだ。レース後、高桑本人も「今日は遅く感じた」という感想をもらしたという。彼女自身、スピードを出し切れなかった感が否めなかったのだ。実際、ピッチを見てみると、やはり遅いことがわかった。1年前のロンドンでは片足が30秒間に136回、地面をつくピッチの速さで走っていた。だが、今回の関東選手権では126回。この10回の差は、決して小さくないという。つまり、ピッチが遅かったことが、スピード感を阻んだのである。
では、ピッチが遅く、本人もスピードを出し切れなかったと感じたにもかかわらず、なぜ高桑は14秒18という好タイムを出すことができたのか。しかも、向かい風の中のレースだったという。高野コーチはその要因を「オフ期間からのトレーニングの賜物」と語る。
「ロンドン以降、オフシーズンにかけて取り組んできたのが、大きな動きでストライドを伸ばすことでした。おかげでロンドンでは100メートルを62〜63歩で走っていたのですが、今は常時60歩以内におさまっています。それが安定してできるようになってきているからこそ、ピッチが遅くても、好タイムが出たんだと思います」
義足と健足とのバランス そしてもうひとつ、大きな要素がある。それは、義足のアライメントを変えたことだ。6月9日、高桑は日本身体障害者陸上選手権に臨んだ。結果は14秒17。招待選手として出場したダイヤモンドリーグ(イタリア・ローマ)から前日に帰国し、そのまま大阪入りをするという強行スケジュールを考えれば、好タイムと言ってよかった。高桑自身も疲労は感じていたものの、走りに影響するほどではなく、高いモチベーションで臨めたという。
高野コーチもタイム、内容ともに納得していた。だが、ひっかかっているものがあった。それは乗り越えられずにいる“壁”だった。
「練習のトライアルでは13秒台を何度も出しているんです。だから実戦でもいつ出してもおかしくないくらいの力は備わっているはず。でも、11年のジャパラ以降、一度も出せていない。いったい、何がいけないんだろう……」
(写真1:「J」のかたちをした板バネの角度をかえた。見た目にはわからないが、走りには大きく影響する) 導き出した答えは健足と義足との間に生まれている差だった。
「ロンドンまでは、どちらかというと、反発力のある義足側を健足側が追っているという感じだったのですが、トレーニングをする中で、健足側の足の動きがとても良くなってきている分、逆にその動きに義足側が追いついていないのでは、と思ったんです」
それは高桑自身も感じていたことだった。
「前半はすごくいいんです。特にスタートしてから低い姿勢で加速する時は、義足側でも地面を押せている感じがする。でも、スピードに乗ってきて、後半そのままスピードをキープして、最後にさらに加速したいという時になると、右と左でリズムがバラバラになる。自分はもっと義足側でも地面を押して粘りたいのに、離れてしまうんです」

そこでレース後、高野コーチは義肢装具士の臼井二美男の元へ向かった。実は以前から試したいことがあったのだ。それは義足の板バネの角度である。義足の足部である「J」の形をしている板バネ(写真1)の角度をかえることによって、つま先の部分、つまり義足の先端の部分(写真2)が前にいくようにした。そうすることで、つま先部分が最後まで粘って地面を蹴り出すことができると考えたのだ。健足側との差を埋めるための高野コーチが編み出した策だった。
(写真2:先端の部分の粘りを出すことによって、より力強い蹴りを可能にする) 課題はストライドからピッチへ ただし、これにはリスクもあると臼井は語る。
「確かに足部の角度を変えることで、つま先にかかる力を最大限に引き出すことができるので、地面を蹴った後、身体の重心が進行方向により行きやすくはなります。ただ、その角度がわずかでも合わなければ、エネルギーがムダな方向にいってしまうんです。だからその選手の筋力の強さとフォームに合った角度にしなければ、逆にマイナスになる可能性もあります」
しかし、関東選手権で高桑の走りを見た限り、「今のところ、合っているなと感じました。アライメントを変えたことがプラスに働いていると思います」と臼井はいい感触をもったという。
「これからも筋力やフォームは変わっていくでしょうから、微調整は必ず必要になってきます。その時その時の自分に合った角度を見つけていかなければいけないんです。でも、彼女は自分の走りを客観的に分析できる能力がある。その能力がない人はムダな走りをしてしまうものですが、彼女はきちんとアジャストさせていくはずですよ」
「そろそろ、もう日本記録を出さないといけないと思っています」
これは5月のパラリンピックイベントで子どもたちを前にして言った高桑の言葉だ。実際、これが本音だろう。既にその実力は備わっている。あとは本番でその実力をどう発揮するかだ。3年後のリオデジャネイロを見据えている彼女にとっては、今シーズン中に13秒台を常時出せるようにして、次の段階へと進みたいと考えているに違いない。
では、世界選手権で13秒台を出すためのポイントは何なのか。それは、関東選手権で浮き彫りとなったピッチにあると高野コーチは見ている。
「オフから取り組んできたストライドが安定してきたので、そのストライドのままで、今度はいかに速く足を回転させることができるか。それを本番までにどれだけつかむかがカギとなります」
100メートルのレースは24日にある。高桑は17日に日本を発つ予定だ。国内での調整は残り1週間を切っているが、やれることはたくさんあると高野コーチは言う。現在の日本記録は13秒84。果たして、新日本女王誕生となるのか。リヨンからの朗報を心待ちにしたい。
(文・写真/斎藤寿子)