金子: 僕はこれから、かつての不倶戴天の敵と組んで仕事を始めます。元日本代表監督のフィリップ・トルシエですよ。
二宮: それはどういうこと?
金子: トルシエがJFLのFC琉球の総監督に就任するんです。僕はFC琉球のスーパーバイザーをやっているんですが、フランスまで行って、彼を口説いたんですよ。
※この対談は07年12月18日に行われました
<提供:アサヒビール株式会社>二宮: 本当に? 応援はするけど、うまくいくかなァ。というのも、かつて沖縄かりゆしFCで加藤久監督や選手全員が退団する事件が起きたでしょう。僕は久さんに直接、話を聞いたけれど、本当に驚かされたよ。
金子: でも、それは沖縄のスポーツに成功体験がないからだと思うんですよ。だって沖縄から日本のリーグに加盟したスポーツはほとんどないでしょう。
僕は、スポーツクラブが成功する条件というのは住民がその土地をどれだけ愛しているかだと思っている。その意味で、沖縄はこの前の高校野球の県予選の視聴率が4割を超えているんですよ。こんな県って他にないでしょう。だから、可能性はあると思う。それで、トルシエに監督ではなくて、総監督を頼んだわけです。小学生のスクールをはじめ、チームの全てを彼に任せようと思っています。
今季、ロアッソ熊本がJ2に上がる。鹿児島にも九州リーグのチームがある。まずは、それらのチームを倒したい。そして、いずれは日本で屈指のクラブである浦和レッズを倒せるようなチームをつくりたいと思っています。
二宮: チャレンジャーだねぇ(笑)。金子君の性格はよく知っているけれど、決して気が長い方ではない。途中でケンカするなよ(笑)
金子: 二宮さん、僕はスペインに住んでいた人間なんですよ。ベッドを頼むと2日でくるというのが、実際は3ヵ月待たされるような国ですよ(笑)。その間、僕は床で寝て、耐えていた。だから、並大抵のことでは切れませんよ。沖縄ではレストランで注文しても、なかなか頼んだものが来ない。でも、スペインにいたから、「それは違う文化だから仕方がない」と思える。だから腹も立たないですよ。
二宮: そうかなぁ。3年経ったら、「二宮さんの言っていたことがよくわかった」と言うと思うよ。まぁ、そうならないことを祈っているけど(笑)
金子: 確かに二宮さんのおっしゃるとおり、失敗する可能性は大きいかもしれない。でも、僕は物書きとして、書くだけじゃなくて、言ったことを形にして挑戦してみたいと最近、強く考えていたんです。そこで、FC琉球から話を頂いた。だったら、持てるものを全部出してやってやろうかと。日本サッカー界にエンターテイメントの風を吹き込んだると。
阪神タイガースは僕の血ですよ。でも、Jリーグは創設が遅かったこともあり、本当に好きなチームがないんですよ。だから、僕はサッカーで、阪神みたいに自分がムキになれるチームが欲しかった。それがFC琉球だと思っています。
クラブW杯で世界への道はできた。これで沖縄から世界一が生まれる可能性って出てきたわけですよね。トルシエとは「ベトナムに選手を探しに行こう」と話しています。僕は先日の北京五輪予選で日本と戦ったベトナムに胸を打たれたんです。彼らには経験はないかもしれないけど、魂がある。それが20年前の日本代表とかぶるんです。ベトナムのほかにアフリカにも選手を発掘に行くつもりですよ。
二宮: アフリカ?
金子: はい。アフリカ、ベトナム、それから極東ロシア。今までJリーグがあまり手をつけていないところで選手を発掘しようと。その考えにはトルシエもすごく賛同してくれている。
二宮: 僕はトルシエのことをよく知らないんだけど、そんなに信頼に足る男なの?
金子: 僕は会って話してみて、信頼できると思いました。日本代表時代に彼がやっていたサッカーは大嫌いだった。でも、実際に話してみると、監督として結果を求められる立場では、それしかできなかったというのがよく理解できた。それで、FC琉球で5年間というスパンで何をやるかという話をして、意見がものすごくあったんです。「これだったらいける」と思いましたね。それで、トルシエに「沖縄でクライフになってみるつもりはないか」と。
二宮: 彼はイスラム教に帰依したよね。つまり「郷に入りては郷に従え」ができる人と考えていいのかな。
金子: それに反米の人ですから、沖縄とも合うでしょう。今度、彼がスピーチしますけど、最初の挨拶は沖縄の方言でやらせようと思っています。クライフがバルセロナに行った時にスペイン語じゃなくて、カタルーニャ語でスピーチしたように。
二宮: 金子君の中である程度の絵図はできているんだろうけど、やっぱり最後はケンカ別れする方にオレは賭けるな(笑)
金子: ハッハッハ。今何を言っても信じてもらえないと思いますが、トルシエと決裂する絵が本当に見えないんですよ。まあ、見ていて下さい。
<サッカー選手は辞めるけれど、男は辞めていない>二宮: 金子君がいた頃のサッカーダイジェストはよく読んでいたよ。あの頃はまだ月刊誌でジャンルカ富樫さんのコラムとかあったよね。その中で金子君の記事は自己主張があって、他と一味違った。僕自身が大ファンだった。
金子: あの頃はサッカーマガジンに負けてはいけないという反骨心がありましたね。僕自身、サッカーマガジンに入りたくて入れなかった人間ですから。だったら、とことんサッカーマガジンの逆をいこうと。サッカーマガジンが右といえば、左。それで頑張っていたところはありますね。
二宮: 金子君の記事で印象深いのは、ラモス瑠偉の批判を激しく書いていたこと。「ラモスは守らない」「森保一がかわいそうだ」とかすごかったよね。僕は、よく書けるなァと。僕も辛口とかよく言われるけど、この人は激辛だなァと(笑)
金子: ラモスさんには凄くかわいがってもらったんですけどね。かわいがってもらうと噛みつきたくなるというのが僕の習性ですかね(笑)
二宮: あと、アルゼンチンのことを書いている人が面白かったよね。ブラジルのことを小気味いいぐらいにけなしていた(笑)
金子: 藤坂千鶴さんですよね。でも、それがアルゼンチンとブラジルのノーマルなんですよ。一昨年、ブラジルに行ってソクラテスさんと飲んだんです。当然、「黄金のカルテット」を擁したブラジルが負けた82年のスペインW杯の話になりますよね。それでイタリア戦について話をしている時に彼が「俺たちは優勝できなかったけど、あの大会に関していえば、実は満足している部分もある。というのは、イタリア戦の前に差別主義者のアルゼンチンをやっつけたんだから」と言ったんです。そうすると、周りの人たちは大喝采ですよ。ドトールさんは「俺たちがあの大会で失敗したのは、あの差別主義者を倒した喜びのあまり飲みすぎてしまったことだ」と。
二宮: 彼にとって、アルゼンチンを倒すというのはW杯で優勝するより大きな快感だったんだろうね。それってすごく大事なことだと思う。優勝することより、もっと尊いものってあるでしょう。人生を棒に振ってしまったけれど、あいつを殴って気持ちがよかったとかね(笑)。ジネディーヌ・ジダンは、自分の現役引退がかかったドイツW杯の決勝の舞台で頭突きをしてしまったけれど、あれは「サッカー選手は辞めるけれど男は辞めていないゾ」ということだと思うんですよ。周囲は「我慢しろ」と言うけれど、あそこで切れるジダンが好きだな(笑)
金子: あれはジダンだから許されるところありますよね。
二宮: その意味で、07年12月のクラブW杯の時、カズが岡田武史日本代表監督とニコニコ笑いながら話していたことにはガッカリしたね。カズは「あなたとは話せない」と青臭いことを言って欲しかった。彼も大人になったのかなァ……。
金子: 確かに僕がカズの熱狂的なファンだったとすれば、せつなかったでしょうね。未だに岡田さんに対する怒り、絶対にあなただけは認めないという思いを持ち続けていたと思う。ところが、当の本人が笑顔で相手に接してしまうと……。それはわかる気がしますね。
<香りの強いウイスキーをソーダで割る>二宮: 金子くんといえば、一番最初に新宿で飲んだ時、ウイスキーのストレートを頼んだよね。「コイツ、かっこつけているな」と思ったよ(笑)。今日はソーダ割を飲んでいるね。昔と変わったの?
金子: 今は、最初にソーダ割りですね。香りの強いウイスキーをソーダで割って飲むのも大好きなんです。でも、昔はお酒が全然駄目だったんですよ。
二宮: 本当に? 最初からよく飲むイメージがあったけどね。
金子: ラガーマンや格闘家と飲むようになって強くなったんです。特に、高田延彦さんには鍛えられましたね(笑)
二宮: アハハハ。食べ物にもウンチクがあったよね。昔、焼肉を食べに行った時、僕が牛タンを裏返しにしたら、怒りだした。なぜかと訊くと「スープ(肉汁)が出てくるんだから。片面だけを焼き、スープを包み込むようにして食べろ」と。後輩に思いっきり怒られた(笑)
金子: ハッハッハ。昔の俺は生意気なことを言っていますね。
二宮: 今も十分、生意気だよ(笑)。オレなんかより、はるかに影響力があるから。
金子: 何をおっしゃいますか、大先生(笑)。
二宮: そういう言い方が生意気なんだよ(笑)。
(終わり)
金子達仁(かねこ・たつひと)<スポーツライター>1966年1月26日神奈川県横浜市出身。法政大学卒業後、テニス雑誌とサッカー専門誌の編集者を経て、95年にフリーとしてスペイン・バルセロナに移住。96年、アトランタ五輪サッカー日本代表をテーマにした「叫び」「断層」が「Sports Graphic Number」に掲載され、「ミズノ・スポーツライター賞」を受賞した。主な著書に『28年目のハーフタイム』(文藝春秋社)『決戦前夜Road to France』(新潮社)『惨敗 2002年への序曲』(幻冬舎)『泣き虫』(幻冬舎)などがある。
★本日の対談で飲んだお酒★[/color]
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