“野球最後の五輪”北京五輪出場をかけた大一番が、いよいよスタートだ。星野仙一監督率いる日本代表チームは12月1日、決勝リーグの初戦を迎える。この予選では1位にしか北京行きの切符は与えられない。「五輪本大会よりも予選のほうがプレッシャーは大きい」。そう話すのは、現役時代、日本代表のエースとして活躍した日本生命・杉浦正則監督だ。バルセロナ、アトランタ、シドニーと3度の五輪を経験した“ミスター五輪”に国際大会を勝ち抜くポイントを語ってもらった。
 試される適応力[/color]

 予選の開催地・台湾では僕も何度か投げたことがあります。報道では、マウンドがずれているとか、ブルペンにピッチャーが待機する場所がないとか言われていますが、国際大会では当然の事態かもしれません。むしろ日本やアメリカの球場のように環境が整備されているほうが珍しいのですから。

 僕が現役の時も、マウンドが10センチ高かったので削ったり、いろいろ不備があったという話をよく聞きました。しかし、いざ試合が始まってしまえば、どんな環境であれ、投げるしかないのです。そこは各ピッチャーの適応力が試されます。

 たとえば傾斜のないマウンドであれば、踏み出す足があまり沈みませんから、リリースポイントが上がり、ボールが高めに浮いてしまいます。こういう場合はいつもより重心を低くしてバランスをとるなどの対応が求められるのです。

 シドニー五輪の本選ではこんなことがありました。スタジアムのマウンドに上がると後方部分が削れていました。ワインドアップの際に後ろ足を引きすぎるとガクンと落ちてしまいます。僕は後ろ足のスタンスをいつもより短めにして、そのゲームを乗り切りました。

 今回の日本代表は事前に会場で練習ができ、情報を先に得ることができました。これはプラス材料です。マウンドだけでなく、芝の長さや試合の時間帯の気温や湿度……。プロは適応力に優れているとはいえ、一発勝負の国際大会は何が起きるかわかりません。事前のデータがあるに越したことはないのです。

 テンポよい投球で審判を味方に[/color]

 ピッチャーにとって、もっとも大切なことは審判をいかに味方につけるかです。皆さんもご存知のように、基本的に国際大会の審判は外角に広く、内角に厳しいストライクゾーンを設けています。日本の感覚では「それがボールかよ」と思うこともあるでしょう。しかも基準が一定でなく、試合が進むにつれてストライクゾーンが変化する審判もいます。

 しかし、勝負しなくてはいけないのは審判ではなく、相手のバッターです。「じゃあ、こっちはどうだ」と違うコースを狙ってみたり、「打たせてとろう」と別のボールを投げてみたり、すぐに切り替えて次の投球に移らなくてはいけません。

 バッター心理を考えると大事なゲームで見逃し三振はしたくないものです。きわどいボールは積極的に打ちにくることが予想されます。試合状況にもよりますが、カウントが不利になった場合、バットに当てさせて凡打やファールを打たせるピッチングも必要になるでしょう。

 しかもテンポがよくなると、審判もノッてきます。きわどいボールをストライクにとってくれる確率が高くなるのです。1球のストライク、ボールの判定にこだわることなく、リズムよく相手バッターにボールを投げること。審判を味方につける意味でも、これを第一に心がけてほしいと思います。

 是が非でもほしい先制点[/color]

 日本のライバルは韓国と台湾の2カ国です。両国とは2日に韓国、3日に台湾と連戦になります。韓国、予選リーグ1位チーム、日本の順で戦う地元の台湾は、中1日で主力をライバルの2カ国にぶつけられるため日程的に有利です。日本は3試合ともナイトゲームで調整しやすい面はありますが、それは決してアドバンテージとは言えません。

 なぜなら、台湾の球場の照明は日本に比べて暗いからです。バッターにしてみれば、ボールが見にくく、ピッチャーのボールが速く感じられます。となると、ピッチャーの調子が良ければ攻撃陣が大量得点を奪うことは、より難しくなるでしょう。ロースコアの均衡した展開になれば、試合はどう転ぶかわかりません。

 投打の総合力でみれば、日本チームは他チームより上だと僕はみています。ただ、打線のパワーは台湾も韓国も同等です。打線に火がつくと止められなくなります。加えて韓国には若き左腕の柳賢振(リュ・ヒョンジン)やメジャーリーグ経験も豊富な朴賛浩(パク・チャンホ)など好投手が揃っています。WBCで日本に2勝したように、苦手意識もありません。

 日本が優位に戦いを進めるためには先取点は必須です。さらに中押し、ダメ押しと理想的に得点を重ねれば、まず間違いなく勝てるでしょう。特に地元の台湾に先制を許すと、熱狂的なホームの応援の後押しを受け、勢いに乗ってしまいます。

 韓国と違って台湾はプロ野球で日本選手が多く活躍しています。心の中では「日本が格上」という意識があるはずです。現役時代から台湾戦は日本が序盤から点をとると、あっさりゲームが進むことがよくありました。とにかく先取点をとって、相手に「かなわないな」と白旗を揚げさせることが大切です。

 深く考えず、一瞬一瞬でベストを[/color]

 僕は3度の五輪予選に出場しましたが、本大会よりもプレッシャーを強く感じました。本大会はキューバなどの強豪もいますし、勝っても負けても最後と割り切った気分で野球ができます。一方、予選は絶対に負けることは許されません。勝って五輪に出場しなければ意味がないのです。

 初めて出場した91年のバルセロナ予選、日本は決勝リーグでオーストラリアにまさかの敗戦を喫しました。次の韓国戦を落とせば、五輪出場は絶望的。そんな大一番の先発を託されたのが僕でした。

 正直、緊張で当日のことは何も覚えていません。ただ、無我夢中でボールを投げ込みました。結果は4安打1失点で完投勝利。日本は崖っぷちで踏みとどまり、翌日の台湾戦でサヨナラ勝ちをおさめて五輪出場を決めました。

 国際大会を勝つために必要なこと。それは「一瞬一瞬、ベストを尽くす」しかありません。一発勝負ですから大会中は本当にいろんなことが起こります。しかし、それを引きずっていても仕方ありません。中には不調な選手も出てくるでしょうが、深く考え込んでしまうのは禁物です。

 野球はチームスポーツですし、ましてや重要な一戦を個人プレーで勝つことは不可能です。「勝ちたい」。個人成績を気にするのではなく、この一心で試合に臨んでほしいと願っています。若い選手も多い今回の星野ジャパンですが、宮本慎也キャプテンをはじめ、上原浩治投手など代表経験者がいます。きっと、彼らがうまくチームの雰囲気を作ってくれることでしょう。

 繰り返しになりますが、普通に戦えば日本は他国よりも実力は上です。プレッシャーを全員ではねのけ、思い切って力を出し切ってほしい。最後にこの言葉を日本代表へのエールとして送りたいと思います。


<杉浦正則(すぎうら・まさのり> 日本生命硬式野球部監督
 1968年5月23日、和歌山県出身。橋本高、同志社大を経て91年に日本生命に入社。140キロ台後半の速球と多彩な変化球をコントロールよく決め、チームの10年連続都市対抗出場と92、97年の優勝に大きく貢献した。日本代表としても92年バルセロナ(銅メダル)、96年アトランタ(銀メダル)、00年シドニーの3度の五輪を経験。シドニーではプロアマ合同チームの主将も務めた。五輪での金メダルを目標にプロ入りを拒否し続けたことから、「ミスターアマチュア」の異名をとった。00年に現役引退後、同野球部の投手コーチを経て、06年から監督に就任。後進の指導にあたっている。
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