ミュンヘン五輪と聞けば、真っ先に頭に浮かぶのがパレスチナ武装勢力「黒い九月」によるイスラエル選手団襲撃事件である。犯行グループは選手村に侵入して、イスラエル人選手を人質にとった。

西ドイツ当局は犯人グループを狙撃する作戦を選択したが、これが裏目に出て、人質となった9名全員が死亡してしまった、3年前に映画化され(『ミュンヘン』)話題を呼んだ。
テロにより、血なまぐさい印象だけが残ったミュンヘン五輪だが日本人選手たちは奮闘した。特筆すべきは男子バレーボールだろう。1972年9月9日、決勝で東ドイツを破り、初めて金メダルを獲得したのだ。
ヒーローはセッターの猫田勝敏だった。「ねこた」ではない、「ねこだ」と読む。あの華麗なトス回しは、まさに芸術だった。職人と呼べるバレーボール選手は後にも先にも猫田ひとりだけだろう。
大古誠司をはじめとしたアタッカー陣を、身長179センチの猫田が操る様は、まさにオーケストラにおけるコンダクターのようだった。それこそ猫のように素早い身のこなしでコート中を動き回り、ボールの近くには必ず猫田の姿があった。
その猫田が悪性腫瘍のため他界して、もう25年がたつ。男子バレーボールはバルセロナ五輪以降、長い冬の時代に入るが猫田の頭脳と経験があれば、男子バレーの歴史は違っていたものになっていたかもしれない。

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