7月中旬に約1週間、アメリカに行ってきました。グランドキャニオンなど、あちこち名所を巡った中で、やはり一番心に残ったのはドジャースタジアムでのメジャーリーグ観戦でした。その試合はちょうど黒田博樹投手の先発ゲーム。9回には斎藤隆投手も登板しました。
(写真:スタジアムのカラービジョンで大きく紹介された黒田投手)
 試合は延長戦の末、ドジャースが3−5で敗れました。黒田投手が7回途中3失点でマウンドを降り、斎藤投手もひじを痛めて緊急降板するなど、ホームのドジャースファンにとっては残念な結果に終わりました。

 それでも球場の雰囲気は最高の一言。一投一打に球場が沸き、ファンが一体となる。先日、千葉マリンスタジアムで交流戦を観戦しましたが、やはり本場のボールパークは一味も二味も違うなとの印象を受けました。こんな感動を覚えたのは、ドイツで初めてサッカースタジアムに行った時以来かもしれません。

 何より子供たちからお年寄りまで、同じドジャーブルーのユニホームに身を包んで一緒になって応援していました。味方の選手がコールされると、一斉に拍手をして出迎え、試合が盛り上がると誰彼となく立ち上がって声援を送る。そして7回のセブンイニングス・ストレッチにはお決まりの「take me out to the ball game」の大合唱。観客が球場の中での楽しみ方を心得ている感じがしました。
(写真:球場内にはドジャースに在籍していた野茂投手のボードも)

 もちろん球場側の演出やファンサービスも心憎いものがありました。子どもたちに「プレーボール」のコールをさせたり、選手が試合開始直前までサインに応じたり……。決して球場の施設自体は新しくありませんが、1つの文化がその場所に根付いていることを実感しました。

 ただ、ひとつだけ残念だったのは、食べ物の使い捨て容器やドリンクの紙コップがいたるところに散乱していたこと。日本のほうが「ゴミはくずかごへ」という意識はしっかりしています。たくさん生産はするものの、廃棄には無頓着――。アメリカは地球温暖化防止京都会議で定められた京都議定書を未だに批准していません。そういった環境問題への消極姿勢が国民の意識にも表れているような気がしました。
(写真:ピーナッツの殻などがそこらじゅうに散らばっていた)

 日本ではマイはしキャンペーンやレジ袋削減運動など、「地球にやさしい」活動が定着しつつあります。特に最近は居酒屋やファーストフード店での割り箸が、洗って使いまわし可能なタイプに切り替わってきました。日本人が消費する割り箸は年間250億膳と言われています。割り箸は間伐材や不要になった木材を活用しているとの話もありますが、実際の国内生産量は全体の2%。残りは中国などからの廉価な輸入品です。そこでは割り箸のためだけに木が伐採されている現実が横たわっています。

 先のサミットでもテーマのひとつとして環境が取り上げられたように、地球規模でこの問題は、待ったなしの状況です。マイはし持参やレジ袋削減に対しては、その効果を疑問視する声もありますが、ゴミ自体を減らす(reduce)ことは間違っていません。エコ活動へ政府が主体的に関わる中で、使い捨てに慣れた日本人の意識を変えていくことが必要でしょう。

 意識が変われば、行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。よく使われる言葉ではありますが、これは環境問題にも当てはまります。経済や産業面だけの先進国にとどまるのではなく、環境面でも先進国を目指す。世界の人々の目は僕たちに向けられていることを忘れてはいけません。

 愛媛のみなさんから、378,813票をいただき、この仕事をスタートして早いもので1年が経ちました。当選後の挨拶で話したように、「愛媛県民150万人が先生。生涯“書生”のつもりで学びたい」との心境は全く変わっていません。

 政治はアコーディオンのようなもの。最近、そんなことを感じています。人々の利害を踏まえて、蛇腹を開いたり、絞ったりしながら、誰もが幸せに暮らせる音色を奏でる。蛇腹をうまく調整するのが政治の役割です。

 ところが近年の政治は蛇腹が閉じっぱなしで、不協和音しか鳴りません。しわ寄せ分はみなさんの家庭生活に重く響いています。家庭がしっかりしていない地域は元気になるでしょうか、愛される存在になるでしょうか。地域を愛せない国家が愛される存在になるでしょうか。

「自分を生んでくれた家族、そして生まれたまちを心のよりどころとして、一生幸せに暮らせるようにしたい」
 この思いが僕の原点です。サッカー選手の頃はスポーツの観点から、そのためには何をすべきか考え、行動してきました。議員となっても、それは同じです。議員生活2年目へ突入するにあたり、スポーツのみならず、さまざまな角度から地域を元気にする方法を考え、提案していきたい。そう決意を新たにしているところです。


友近聡朗(ともちか・としろう):参議院議員
 1975年4月24日、愛媛県出身。南宇和高時代は全国高校サッカー選手権大会で2年時にベスト8入りを果たす。早稲田大学を卒業後、単身ドイツへ。SVGゲッティンゲンなどでプレーし、地域に密着したサッカークラブに感動する。帰国後は愛媛FCの中心選手として活躍し、06年にはJ2昇格を達成した。この年限りで現役を引退。愛称はズーパー(独語でsuperの意)。07年夏の参院選愛媛選挙区に出馬し、初当選を果たした。
>>友近としろう公式HP



 当HP編集長・二宮清純の携帯サイト「二宮清純.com」では友近議員の現役時代から随時、コラムを配信していました。こちらはサッカーの話題を中心に自らの思いを熱く綴ったスポーツコラムになっています。友近聡朗「Road to the Future」。あわせてお楽しみください。
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