まだ公開競技だったとはいえ、野球日本代表は一度だけ金メダルを獲得したことがある。1984年のロス五輪だ。この時は学生と社会人の混成チームだった。

 決勝は8月7日、ドジャースタジアム。相手は米国。勝負を決めたのは3対1で迎えた8回表、2死一、三塁の場面で飛び出した広沢克己(当時・明大)の3ランホームランだった。

 振り返って、広沢は語った。「2点差ならまだわからないけど、4対1になれば勝てると思っていました。だから、とにかくヒットを打とう、ショートの頭を越そうと。フライが上がった瞬間は万事休すだと思いました。まさか、あんなに飛ぶなんて……」

 半信半疑のままサードベースを回ると、コーチの鈴木義信が抱きついてきた。鈴木の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「こんなことされたら、ホームラン取り消されるやないかァ」と咄嗟に思い、広沢は寄りすがる鈴木の両手を振りほどいた。ホームベースまでの距離がやけに長く感じられた。

 ベンチでは、鬼監督の松永怜一が顔を上気させて待っていた。「ナイス、バッティング!」そう声をかけるなり、松永は広沢に握手を求めてきた。
「辛かった思い出が、この一瞬で全てパッと吹っ飛んでしまいました。広沢はその後、プロでも活躍するが、このホームランは生涯で最も忘れられない一打となった。それは松永も同じだった……。

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