1993年に導入されたフリーエージェント(FA)制は様々な問題を抱えながら、今日まで至っている。FA権の取得年数やFA補償制度、故障者の特例措置など、山積みする課題を解決するために、未だに議論が続いている。FA制は移籍の活性化を促す一方で、選手の年棒高騰を生み球団経営を圧迫している現状もある。FA制が導入されて17年、今一度、日本球界変革前の93年の原稿を振り返り、FA制の「理想と現実」を再考してみたい。
<この原稿は1993年12月5日号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 スポーツ新聞ふうに言えば、マグニチュード8クラスの激震が続いている。タイガース・松永浩美、ジャイアンツ・駒田徳広を皮切りに、フリーエージェント宣言をする大物選手が続出、ついに11月7日には、真打と見られていたドラゴンズの落合博満がフリーエージェント選手に名乗りを上げ、ジャイアンツの槙原寛巳がこれに続いた。またフリーエージェント選手の獲得合戦が過熱する裏では、高木豊、屋鋪要らに対してベイスターズが行なった大量解雇劇に代表される球団内リストラが本格化。プロ野球はいよいよ労使双方が権利を主張し合う新時代へと突入した。

 本題に入る前に、フリーエージェント制(以下、FA制)について簡単に説明しておきたい。FA制とは読んで字の如く、選手が決められた一定の条件を充たせば、球団の保留権から一時解放され、自らが希望する球団に移る権利を手にすることのできる制度。選手が権利を手にするには「年間150日以上、一軍に登録されたシーズンが10シーズン」という条件をクリアしなければならない。FA権有資格者は、今年、球界全体で60人。

 このFA制、米大リーグでは1975年に成立した。導入に大きな役割を果たしたのが、ドジャースのピッチャー、A・メッサースミス。ドジャースとの契約更改が不調に終わったメッサースミスは、契約書にサインしないまま1年間プレイし(球団は前年度の80%の年棒を支払い続けた)、その結果、苦情処理機関の調停で、FA権を行使する権利を得た。現在のFA宣言の資格は6年間メジャーでベンチ入りした選手で、2度目のFA資格はさらに5年後になる。

 日本の場合、1987年労働組合日本プロ野球選手会が?ある球団に7年間在籍し、全公式戦(計910試合)の5分の1以上に出場した選手(バッテリーはその半分)?ある球団に7年間在籍し、全公式戦の半分以上に現役選手登録された選手?プロ野球界に10年以上在籍した選手――の3項目を柱とする特別資格選手制度案を機構側に提出したものの、「年棒の高騰」を理由に却下された。これにより態度を硬化した労組選手会側は91年のオフ、当時の原辰徳選手会長が選手会大阪大会の席上「ストも辞さぬ」との強い姿勢を示し、機構側にFA制の導入を迫った。

 これを後押ししたのが、他ならぬ渡辺恒雄読売新聞社社長。「ドラフト(廃止)がダメならば、フリーエージェント制を導入すればいい。それもこれもダメというのは憲法違反になる。自分の会社の利益のために公然たるカルテルで選手とファンを犠牲にしていると言い放って、主にパ・リーグを中心とするFA制導入に消極的な守旧派勢力に圧力をかけた。その際、衣の下からこれ見よがしにのぞかせた鎧ならぬ、新リーグ結成の青写真が、大きな力を発揮したのは言うまでもない。良くも悪しくも、渡辺社長の“恫喝”がなければFA制の導入は実現しなかった。

 しかし、現実は皮肉である。FA宣言解禁の初日にジャイアンツの駒田が申請手続きを行い、あろうことか今年のチームの勝ち頭である槙原までが「年齢的に今が売り頃」と判断して、ジャイアンツを離れる決意を固めた。FA制導入の旗振り役だったジャイアンツにとって、これ以上のカウンターパンチはない。慌てて残留工作を行っても、もはや後の祭りである。
 見苦しいのは、その後の対応である。予期せぬ主力のFA宣言に狼狽したのか「FA資格のある選手を引き留めるために、臨時ボーナスや引き留め料を払っても1年後にFAで出て行かれたら元も子もない。一度引き留めて残った選手は次にFAを行使できるまで3年かかる、という制度にするべきだ」と保科球団代表はFA潰しともいえるプランをブチ上げた。これは「(FA制に反対する球団は)自分の会社の利益のために公然たるカルテルで選手とファンを犠牲にしている」との“渡辺発言”と明らかに矛盾する。出費がかさむというのも理由にはならない。なぜなら、渡辺社長は「カネのない会社は(プロ野球経営を)やめてくれればいいんだ」とFA潰しを目論んだ勢力に対し、かつて強烈な牽制球を投げつけているからだ。FA制導入の旗振り役を果たした球団が、今になって「縛り」を設けようとするのは全く筋が通らない。新聞社を親会社に持つ球団の良識が疑われかねない。

 選手の側にも呆れた御仁がいる。その代表格が降ってわいたFA騒動の余波を受け、球団から自由契約を通告されたベイスターズの高木と屋鋪だ。「球団は冷たい」「人間不信に陥る」「功労金も出ない」と2人して口を揃えているようだが、そもそもFA制とは実力のある選手にとって有利な制度。権利は欲しい、しかしリスクを負うのは嫌だというのはあまりにもムシが良過ぎる。功労金にいたっては笑止千万、彼らの力でベイスターズは何度リーグ優勝を果たし、日本一になったというのだろう。彼らのそんな発言を耳にして、ベイスターズが1960年以来、優勝できないでいる理由が、はっきりと理解できた。その甘い体質から、かつて“横浜大洋温泉”と揶揄された記憶と訣別し、球団を見返してやるくらいの気持ちがないと、よしんば新しいユニフォームを着ることになったとしても彼らは成功しない。断言してもいい。
 土壇場に追い込まれてはじめて、人間は本性を表す。責任転嫁する者、居直る者、同情を買おうする者、攻勢に転じる者……。FA制元年、幸運にも私たちは普段では絶対にお目にかかれない選手や球団幹部の素顔をのぞき見ることができた。

 話を制度問題に戻そう。FA制を語る上で、ドラフト問題を抜きにすることはできない。選手会がFA制導入を訴えた最大の理由は入り口(ドラフト)から出口(引退)まで球団に縛られっ放しというのはおかしい」というものだった。
 ところが、今年、不自然な形で“入り口”の扉が開けられた。1、2位指名の大学生、社会人に限り希望球団が認められるというものだ。しかし、高校生はどうしたわけか、カヤの外。しかも3位以下は、全員、従来どおりウエーバー方式のまま。木に竹を接いだような不条理極まりない改革が“改悪”ではなく“改正”としてまかりとおっているのである。それにしても、なぜ高校生と3位以下の選手には逆指名の権利が与えられないのだろう。これは明らかに「法の下の平等」に反する措置であり、人権上も大いに問題がある。以下はあくまでも筆者個人の見解だが「高校野球には手を出すな」という高野連・朝日新聞のエゴと「ドラフトを限りなく自由競争にしなければ、新リーグ創設も辞さず」という巨人・読売新聞のエゴが衝突したために、プロ野球機構は双方の顔を立て、矛盾だらけの新制度の作成を余儀なくされてしまったのである。

 ドラフトとFAの整合性を求めるのなら、解決策はひとつしかない。“入り口”をアメリカ同様、下位球団から順に指名する完全ウエーバー方式にするかわりに、初回のフリーエージェント資格取得年数を3年から5年の幅にするのだ。そこで新たに球団と契約を結ぶか、不満があれば他のチームに移りやすいような状況をつくればいい。「新入団選手は球団ではなく機構と契約すれば、契約金も安くてすむ。3年から5年は機構が、指名した各球団に貸し出す形にするのです」とは、野球協約を研究している佐藤隆夫国学院大学教授の弁。いわば入団後3年から5年という期間は、プロ野球における教養課程のようなもの。その期間内で一定の成績を残した者のみにFA権を授ける――とすれば、ルーキーたちには大きな励みとなるだろう。

 大リーグをアメリカ人は「ナショナル・パスタイム」(国民的娯楽)と呼ぶ。日本の野球協約はプロ野球を「不朽の国技」と位置付けている。であるならば、野球機構は自らの改革をきちんと世に問い、批判や対案にも真摯に耳を傾ける姿勢を見せるべきである。
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