震災から1カ月半。Jリーグも週末から再開し、徐々に復旧、復興への足音は高まっています。しかし、被災地ではまだ多くの皆さんが不便な生活を余儀なくされており、福島第一原発の事故による放射能汚染もまだ収束のメドが立っていません。国民の皆さんの不安を取り除き、生活を守る手立てが政治にはより一層求められています。
 政府も各国会議員も、それぞれの領域で今できることを一生懸命にやっています。ただ、残念ながら皆さんから寄せられる声は、政府、与党の対応に批判的なものが少なくありません。政治は結果責任の世界ですから、いくら「十分な対応はできている」と主張しても、被災地や国民の皆さんがそう感じていないのであれば改める必要があります。

 振り返れば、民主党が政権を皆さんから託されたのは、“政治主導”を掲げたことにありました。これまでの前例や規制、省庁の枠を飛び越え、被災地の皆さんに有効な施策を柔軟に実現していく。国難とも呼べる今こそ、その理念を実践することが求められていました。

 ところが現状は誰が、どのようにリーダーシップをとって対策をとっているのか、与党議員でさえ分かりにくい状況になっています。本来はオーケストラを束ねるべき指揮者が、バイオリンを弾いたり、大太鼓を叩いたり……。指揮者がしっかりしなければ、一体となって曲を奏でることはできません。国会内で与野党の足並みが揃わないのは、野党が協力しないからという単純な理由ではないと感じます。

 1日も早い復旧、復興へ政治を前へ進めたいのは、与野党問わず、すべての議員が同じ気持ちでしょう。しかし、こんな大事な時に、その歯車がかみ合わないのはもどかしい限りです。「このままでいいのか」という悩みは、日に日に大きくなっています。与党議員のひとりとして、被災地の皆さん、国民の皆さんにご心配とご迷惑をおかけしていることを申し訳なく思うとともに、その責任を果たせるよう、これから行動していこうと考えています。 

 その第一歩として、専門のスポーツ分野でスポーツ振興くじのtotoを復興に活用できないかと文部科学省に働きかけました。totoは2010年度、848億円の売り上げを記録しています。これは過去2番目に多い金額です。もし震災がなく、3月いっぱいJリーグが通常通り開催されていれば、史上最高の売り上げになることは確実でした。

 この売り上げをスポーツ助成のみならず被災地支援にも振り分けられないか。最初に思い立ったのが、totoのBIGで発生しているキャリーオーバー分を被災地への義援金に充てる方法です。totoBIGでは当選者がいなかった場合や、配当金が余った場合は、次回に繰り越して最高6億円が当選するシステムになっています。震災の時点で、その額は57億円に達していました。このキャリーオーバーを復興資金とするプランはスポーツライターの金子達仁さんも提唱しており、同僚の議員にも話をしたところ多くの賛同を得られました。

 しかし、文部科学省との話し合いでは、くじの目的を変えるには法律の改正が不可欠になり、実現には時間がかかるとの見解でした。また現状、BIGはtotoの全売り上げのかなりの部分を占めており、キャリーオーバーを廃止することで売れ行きに影響を及ぼすとの懸念も出されました。それでも何か良い策は講じられないか。文科省との議論は2週間にも及びました。

 その結果、キャリーオーバー分を支援に回すのではなく、スタジアムの復旧や被災地の子どもたちの心のケアをtotoの助成事業として実施することになりました。これなら法律を改正することなく、迅速な対応が可能です。具体的にはユアテックススタジアムやカシマサッカースタジアムなど、Jクラブのホームスタジアムの施設整備にそれぞれ上限で1億円を助成します。また被災地の子どもたちを対象にしたスポーツを通じた支援活動にも総額3億円を振り分けます。

 もちろん、短期的な活動ではなく、被災地におけるスポーツ環境の復旧や、各団体の支援にも継続して取り組む予定です。またtotoを楽しむ皆さんにも「Club toto」のポイント(100円につき1ポイントが貯まる)を被災地への寄付として受け付けています。

 totoに限らず、スポーツの分野から被災地に何ができるか、スポーツ議員連盟でもさまざまなアイデアが出されています。ライフラインの復旧や生活に必要な物資を届けることは当然として、今後の復興には被災者の心を元気にすることも求められています。既に多くのアスリートがそれぞれの立場で、人々を勇気付けているように、スポーツの力は小さくありません。そのエネルギーがしっかりと被災地に届くよう、政治の世界からも全力でサポートしていくつもりです。



友近聡朗(ともちか・としろう):参議院議員
 1975年4月24日、愛媛県出身。南宇和高時代は全国高校サッカー選手権大会で2年時にベスト8入りを果たす。早稲田大学を卒業後、単身ドイツへ。SVGゲッティンゲンなどでプレーし、地域に密着したサッカークラブに感動する。帰国後は愛媛FCの中心選手として活躍し、06年にはJ2昇格を達成した。この年限りで現役を引退。愛称はズーパー(独語でsuperの意)。07年夏の参院選愛媛選挙区に出馬し、初当選を果たした。
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