愛媛は後期を23勝13敗4分と貯金10で終えました。しかし、優勝した徳島には及ばず2位。9月に入っての直接対決3試合を2敗1分と勝てなかったのが響きました。いずれの試合も接戦には持ちこんでいたものの、肝心な場面でバッテリーを含めた守りのミスが出てしまいましたね。勝負どころでのプレーで徳島との差が現われたと感じています。
もともと今季の徳島は手強い相手になると予想していました。開幕前、4球団で一同に会した時点で、島田直也監督はじめ首脳陣の顔つきに自信がみなぎっていたからです。豊富な練習量で「いい準備ができた」という手応えがあったのでしょう。何年もリーグでプレーしている選手も多く、実際、戦ってみても徳島の野球はブレがありませんでした。前期も途中までは首位を走っていましたし、後期も7割を超える勝率を残してレベルの高さを見せつけたシーズンだったと思います。
とはいえ、愛媛も優勝を目指して戦ってきたわけですから、「なぜ負けたのか」をしっかり検証する必要があるでしょう。個々をみれば、タイトルを獲得し、好成績を収めた選手もいます。先発の
小林憲幸は2年連続で最優秀防御率のタイトルを獲りました。前回も紹介した
藤長賢司は打率.349で首位打者に輝き、
高田泰輔は38盗塁を決め、盗塁王になっています。
小林は昨年よりピッチングが安定し、進化しています。年齢を重ね、頭を使ったピッチングができるようになってきました。というより、これまでが野球をあまり知らなかったと言うべきかもしれません。千葉ロッテでも育成止まりで、フォームのこと、バッターとの駆け引き、といったプロで成功する上で大事な部分を身につける機会がなかったのでしょう。その意味では、まだ伸びしろがあるピッチャーです。今年で28歳になりますが、上を諦めず、成長を続けてほしいと思っています。
高田に関しては後期に入って調子を上げ、出塁の機会も増えていました。ただ、彼には「盗塁王を目指せ」と指示したわけではありません。彼には「相手にダメージを与える有効な走塁をしよう」と話をしてきました。それは単に盗塁するだけではなく、状況によっては走るとみせかけて相手バッテリーを揺さぶることも含まれています。これらを自分なりに解釈しながら、盗塁を積み重ね、タイトルを獲った点は評価に値します。
以前も紹介したように、かつての高田は打撃をアピールすることがNPBへの近道だと勘違いしていた面がありました。しかし、打つだけの選手は全国にたくさんいます。上を狙うには走攻守で高いレベルに達することが必要だと、昨季あたりから自覚したのでしょう。現時点で走塁と打撃はNPB2軍でもレギュラーを獲れると言っていいでしょう。今季でリーグ6年目。少し時間はかかりましたが、ようやくNPBで勝負できる力が備わってきました。
10月にはみやざきフェニックス・リーグも控えており、練習も2日前から再開しました。来季に向けては、もちろん若手の強化が大きなテーマです。特に20歳のサード
四ツ谷良輔や、
白川淳一らは高みを見据えて取り組ませたいと考えています。四ツ谷は打率.218と数字だけ見れば低いものの、状況に応じた進塁打などチームバッティングができるようになってきました。これは紛れもなく技術が良くなっている証拠です。このスタイルを継続すれば、必ず成績は上がっていきます。この秋からオフにかけて、しっかり練習を積めば、来季は一皮むけるシーズンになるはずです。
今季を振り返ると、優勝を最優先にチームづくりをしてきた反面、若手の育成や教育の面では反省点もありました。とにかく一度、勝利を味わってもらう過程で、選手が化けることを期待したのですが、最終的には、まず選手の意識が変わらなければ、勝てる集団にはなりません。
「人間的成長なくして、技術的な進歩なし」とは野村克也監督の言葉ですが、そのことを改めて痛感させられた1年でした。愛媛に限らず、若い選手は少し結果を出すと、そこで満足してしまう面があります。そこから貪欲に上を目指す思考法を身につけるには、技術指導だけでなく、人間教育も大切です。
近年はNPBのスカウトも、ドラフト指名の際に人間性を重視していますし、2軍でも教育に力を入れています。ならば、独立リーグも一層、この部分を重視しないといけないでしょう。技術やパワー、環境では負けても、意識の高さだけは負けない。そういった人材を育てていく必要があると感じています。
その考えを一層、強くしたのが今回の東北楽天の優勝です。楽天を離れて3年。当時とは選手やコーチ陣も入れ替わり、正直、最初は特別な感慨は沸いてこないと思っていました。しかし、実際、優勝の知らせを聞くとうれしさがこみ上げてきたのです。
それはおそらく2軍コーチ時代、一緒に汗を流した銀次や枡田慎太郎らが立派に主力となって成し遂げた優勝だったからでしょう。彼らは何より人間的に素晴らしい性格をしていました。時にはヤンチャをしたり、衝突することもあったとはいえ、野球に関しては非常にまじめだったのです。
2人ともこちらが「やめろ」というまで一生懸命、練習をしていました。だからこそ僕も「この2人が育たなければ、コーチである自分の責任だ」と伝えられることはすべて伝えたつもりです。今、彼らの1軍での活躍を見ることで、僕も「自分の指導は間違っていなかった」と確認ができています。
銀次と枡田は本当に長い時間をともに過ごしましたから、最終的にはコーチと選手の関係というより、親子の間柄に近かったように感じています。優勝した後、枡田からは早速、連絡ももらいましたが、今の僕は“息子”たちの喜んでいる姿を見て、感激している“親”の心境なのかもしれません。
今回の優勝は、東北はもちろん全国に感動を与えました。これからクライマックスシリーズ、日本シリーズと戦いは続きます。ぜひ銀次、枡田には頑張ってもらって、ファンを笑顔にしてほしいと願っています。そして、僕も2人に負けない人間的にも立派な選手を愛媛で育てていくつもりです。
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星野おさむ(ほしの・おさむ)プロフィール>:愛媛マンダリンパイレーツ監督

1970年5月4日、埼玉県出身。埼玉県立福岡高を経て、89年にドラフト外で阪神に入団。内野のユーティリティープレーヤーとして、93年に1軍デビューを果たすと、97年には117試合に出場。翌年には開幕スタメンで起用される。02年にテストを経て近鉄へ。04年に近鉄球団が合併で消滅する際には、本拠地最終戦でサヨナラ打を放つ。05年に分配ドラフトで楽天に移籍し、同年限りで引退。06年からは2軍守備走塁コーチ、2軍打撃コーチなどを務めた。11年より愛媛の監督に就任。
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