私にとって、BCリーグでの初めてのシーズンが終了しました。選手の育成や周りの環境など、NPBとはまた違った良さを体験することができました。特に、選手ひとり一人とじっくりと向きあうことができたのは、私にとっては非常にいい経験となりました。各選手を伸ばすためには、自分は何をしたらいいのか。そのことをたくさん考えたシーズンでもありました。
 信濃グランセローズは前期は上信越地区の最下位でした。故障者が多く出た中で、戦力が整わず、勝つための準備ができなかったのです。一方、後期は戦力自体は十分にありました。7月末から8月頭にかけては、7連勝も達成しました。しかし、結果的には優勝には届かず、地区2位。しかも、群馬ダイヤモンドペガサスとの通年での2位争いにも敗れ、プレーオフ進出もできませんでした。

 最大の要因は、1番が固定できなかったことにあります。候補は何人かいたものの、最後まで固定できるほどには、どの選手も成長しきれなかったのです。しかし、結果を出すには経験の積み重ねが必要です。ですから、今季の経験が、必ず来季に活きると考えています。

 一方で手応えを感じた部分もありました。チーム成績を見ると、四球は283と6球団の中で最多です。これは逆に言えば、自分が打てるボールを初球からしっかりと打つことができていることの証です。自分が打てない、ボール球を振っているようでは、四球にはなりません。つまり、バッターが自分のストライクゾーンを確立し、なおかつピッチャーのストライクゾーンも把握している。だからこそ、自分の打てるボールなのか、ボール球なのかを見極めることができ、その結果、ボール球を振らずに四球となったのです。

 これは生還率にもつながります。投手というのは、バッターにヒットを打たれないように、球種やコースを駆使して投げます。ところが、ヒットではなく、四球でランナーを出すと、ピッチャーの心理は「ヒットを打たれないように」から「四球を出さないように」と変わるのです。つまり、いつも通りの心理で投げられなくなり、ピッチングの乱れにつながりかねません。ですから、ヒットで出塁したランナーよりも、四球で出塁したランナーの方が、生還率は高いのです。

 しかし、BCリーグには今季、最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得した新潟アルビレックスBCの寺田哲也投手(作新学院高−作新学院大)などのように、ほとんど四球を出さないピッチャーがいます。そういう場合は、厳しいボールでも打てる技術が必要になってくるのです。

 甲斐&有斗、向上心の末の成長

 さて、今季のグランセローズは新加入の選手が多く、彼らがこの1年でどれだけ成長するかが、チームの勝敗に大きくかかわると考えていました。特にダイチ(東海大学附属相模高)、新村涼賢(長野日大高)、井領翔馬(松商学園高)、仁藤敬太(常葉学園橘高−専修大)、宮澤和希(東海大附属第三高)、川口圭大(松商学園高−玉川大)です。彼らにも「オマエたちがチームを背負っていくんだぞ」ということは言っていましたから、そのことは十分に理解していたと思います。しかし、成長しようともがいてももがいても、結果は出なかったのです。彼らは全員、高校や大学を卒業して間もない選手たちです。そんな彼らがBCリーグで結果を出すには時間が必要なのです。ですから、来季は彼らの成長速度を上げること。これがチームとして大きな課題となります。

 一方、投手陣はというと、前期は先発ローテーションが組めない厳しい状況の中、中継ぎの杉山慎と知成(新潟明訓高−武蔵大)が活躍してくれました。後期は杉山を先発にするなど、もう一度組み直した結果、防御率が安定し、失点も少なくなりました。投手陣については、まずまずの結果を残すことができたと思っています。

 特に成長を感じたのは、甲斐拓哉(東海大三高−オリックス)と有斗(所沢商業高−東京国際大)です。昨季、甲斐はオリックスで一軍登板なしに終わり、有斗はグランセローズで20試合に登板したものの、20イニングを投げて、防御率は5.40と、2人ともチームの戦力としてゲームやイニング数をこなしてはいませんでした。しかし、今季はチームの柱となりつつありました。

 長いシーズン、どの選手にもいい時もあれば、悪い時もあります。しかし、悪いなら悪いなりに投げられること。これが先発投手には不可欠です。甲斐と有斗は、調子が悪い時にもセルフコントロールができるようになり、なおかつ抑えるための構成力が身につきました。それもすべては2人が向上心をもって取り組んできたからこそ。今季の経験が、必ず来年につながることでしょう。

 忘れられない開幕戦

 10月のNPBドラフト会議には、1年目の柴田健斗(中京大中京高−中京大−エディオン愛工大OB BLITZ)がオリックスから7位指名を受けました。柴田はバッターに対して「やられたら、やり返す」といった、攻めることのできるタイプのピッチャーです。それを表情を一切変えずにできるのが柴田です。

 1年を通して、柴田は体の動きが非常に良くなりましたね。実はシーズンのはじめの方は、つるべ打ちを食らうこともあったのです。スピードこそあるものの、コントロールを重視しようとして手投げのようになり、打者がベース上で感じるボールの体感速度が遅くなっていたのです。しかし、それがボディスイングの中で腕が振れるようになり、変化球のキレもコントロールも良くなりました。そして、フォームについても真摯に向き合い、体を使ってボールに体重が乗せられるようになったことも大きいですね。

 主に中継ぎを任せていた柴田ですが、シーズン終盤には先発にも起用しました。まさに最後は“柴田頼み”というところがあり、大変だったとは思いますが、よく頑張ってくれました。グランセローズの投手陣は、プレーオフ争いの相手だった群馬の主砲・カラバイヨによく打たれていたのですが、柴田はそのカラバイヨを抑えるのです。やはり、それだけ球に力があるということでしょう。そもそも、150キロ以上の球を投げられるピッチャーは、そうはいません。ぜひNPBでも活躍してほしいですね。

 さて、シーズンを振り返ってみて、最も印象深かったのは、開幕戦です。富山サンダーバーズを相手に、5−2で勝利したわけですが、まさにチーム全員の力が結集された試合でした。「こういう試合を、この後もどれだけ継続できるか」「これ以上の力を、どうつけさせるか」。これが今季のグランセローズのテーマだったのです。

 残念ながら、前期で故障者が相次いだこともあり、結果は出ませんでした。しかし、故障者が続出したということは、それだけ選手が練習をしたということです。経験豊富な選手であれば、ケガをしないように練習と休養のバランスがうまくとれるのですが、若い選手は向上心があればあるほど、練習量が増え、オーバーワークになってしまう。それに耐え得る体力がないために、ケガをしてしまうのです。

 シーズンを通して、チームにとって、選手自身にとって、優勝するために不足している部分は何かがはっきりとしたはずです。今オフは、それを補うための作業が不可欠。そのひとつとして、チームは選手の補強に奔走しています。いずれにせよ、ファンは首を長くして優勝を待っていますから、来年の開幕までには、「2014年シーズンのグランセローズは、こういうチームで、こういうふうにして勝利を目指します」ということをファンに明確に伝えることが必要でしょう。

岡本哲司(おかもと・てつじ)>信濃グランセローズ監督
1961年3月15日、和歌山県生まれ。吉備高校(現・有田中央高)、神戸製鋼を経て、85年ドラフト6位で大洋(現・横浜DeNA)に入団。90年、トレードで日本ハム(現・北海道日本ハム)に移籍し、96年に現役を引退した。翌年から指導者としての道を歩み、2006年までの10年間、日本ハムでバッテリーコーチ、二軍監督などを務めた。08年から11年まで、横浜で二軍ディレクター、一軍総合コーチ、編成部長を歴任。13年、信濃グランセローズの監督に就任した。
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