このたび地元・高知で監督をすることになりました。アイランドリーグとの関わりは昨年、高知の球団アドバイザー兼総合コーチに就任してから。それまで30年間、選手、コーチ、フロントでNPBにいた立場で携わってみると、アイランドリーグの環境は厳しいものがありました。待遇面に加え、コーチ陣の人数も少なく、ボールやバットなどの用具はNPBからお下がりをいただいて揃えている状態……。まだ高知には越知町に専用の練習場がある分、恵まれているのかもしれません。
当然、野球のレベルは決して高くなく、いい素材は数えるほどです。しかし、それでも選手たちは「NPBに行きたい」という思いを持っています。NPBに長く身を置いた人間からすれば、プロはそんなに甘い世界ではありません。高校、大学、社会人の名門や強豪校で、どんなに活躍しても、プロに行けるのはチームで1年に1人か2人でしょう。アイランドリーグに来るのは、そういったエリートコースから外れた選手たち。NPBの門戸はさらに狭いと言えます。
しかも独立リーグの選手たちには育成の時間的猶予がありません。これまでのケースでもわかるように、ドラフト指名を受けた多くの選手は1、2年で、このリーグを離れています。5年、6年かけて成長したところで、年齢的にNPB入りは難しくなってしまう現実があるのです。
まず、アイランドリーグの選手たちには、このことをはっきりと自覚してもらわなくてはなりません。その上でテレビ番組のタイトルにちなめば、「Youは何しに高知へ?」という話になります。
「NPBに行きたい」と漠然と願うだけなら誰でもできることです。本気でNPBを目指すなら、自分は何が足りないのか、何をすべきか。ここを明確にする必要があります。もし打力をアピールしたいのであれば、最低でも四国で首位打者を獲って、4割近い打率を目指さないとNPBのスカウトには見向きもされないでしょう。足をアピールするなら、盗塁王を獲得するつもりで、ピッチャーのクセを盗んだり、走塁技術を磨くことが大切です。
そういった取り組みをいつやるの? 今でしょう! アイランドリーグの選手たちがなすべきことは実は単純明快なのです。野球を仕事にしている以上、練習するのは当たり前。その練習でいかに目的を持って課題を克服し、結果を出すか。プロとしてはここが問われます。
2年間、総合コーチとしてチームを見てきて、こうした選手への意識付け、方向付けが不足していたのではないかと感じています。今回、監督に就任するにあたり、一度、すべてを白紙に戻し、選手もチームもゼロから見つめ直すつもりです。
プロにとって、グラウンドは職場であり、試合は戦場になります。最近は「野球を楽しむ」という考え方も増えてきましたが、楽しむのは野球を離れた時だけで十分です。練習中に私語をしたり、ヘラヘラ笑ったりするのは野球のレベルアップとは関係ありません。いくら皆で仲良くプレーしたところで、それは試合中に必要なチームワークとは似て非なるものです。
今後はこうしたプロ集団としての規律を設けるとともに、選手間の競争をどんどん促していきます。今回のウインターリーグやトライアウトでも、現状の戦力より少しでも上の選手、磨けばNPB入りの可能性もある選手をセレクトしました。向上が見込めず、チーム内で役割を果たせないと思えば、どんどん選手を入れ替えるつもりです。予備軍となる練習生についても、現状の選手に取って代わる力がないなら、新しい人材にチャンスを与えます。
勝負の世界である以上、厳しいのは当然のことです。競争を勝ち抜く中で、ここ一番で仕事のできる選手、チームに不可欠な存在となり、アイランドリーグでトップクラスになる。そこまで突き詰めてやらなくてはNPBにはたどり着かないと考えています。
監督は初めてですが、これまでNPBでのコーチ経験を通じ、バッテリー以外のことは何でも指導してきました。そこで培ったものを選手たちには全部伝えていこうと思っています。4季連続で最下位に低迷しているチームを、いきなり優勝へ、というのは容易ではありません。しかし、勝負事は勝たなくてはファンにそっぽを向かれてしまいます。
もちろん、どんなに強いチームでも全勝優勝はできません。それだけに負けを単なる負けに終わらせないことが重要になります。敗戦や失敗から何を学び、次こそは勝てるように何を練習すべきか。この部分を徹底し、最終的に負け数が減っていくことを目指します。少なくとも今季よりは、ファンの皆さんに上積みを感じていただけるよう選手たちをしっかり指導していきます。これからよろしくお願いします。
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弘田澄男(ひろた・すみお)プロフィール>:高知ファイティングドッグス監督
1949年5月13日、高知県出身。高知高、四国銀行を経て72年にドラフト3位でロッテに入団。163センチと小柄ながら俊足巧打の外野手として活躍し、73年にはサイクル安打をマーク。74年には日本シリーズMVPを獲得。75年にはリーグトップの148安打を放つ。84年に阪神に移籍すると、翌年のリーグ優勝、日本一に貢献した。88年限りで引退後は阪神、横浜、巨人で外野守備走塁コーチなどを歴任。06年にはWBC日本代表の外野守備走塁コーチを務め、初優勝に尽力した。12年に高知の球団アドバイザー兼総合コーチとなり、14年より監督に就任する。現役時代の通算成績は1592試合、1506安打、打率.276、76本塁打、487打点、294盗塁。ベストナイン2回、ダイヤモンドグラブ賞5回。
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