2012年2月、石本康隆(帝拳)は進退をかけて臨んだ大一番で敗れた。日本スーパーバンタム級のタイトル獲得失敗に終わり、石本は人目もはばからずに号泣した。年齢も31歳と決して若くはなく、引退も真剣に考えた。それでも彼は辞めなかった。いや、諦めきれなかったのだ。石本は再び、チャンピオンを目指す道を走り始めた。以降、4戦4勝3KO。それまで25戦中19勝のうち、わずか3KOだった男のレコードにKO勝ちが次々と刻まれていった。リング上で積極的に仕掛ける姿は、まるで別人に生まれ変わったかのようだった。
 快進撃の背中を押したトレーナーの存在

 失意の敗戦から7カ月後、石本は“再起戦”で7ラウンドTKO勝ちを収めた。およそ3年8カ月ぶりのKO勝利。上々のリスタートを切った彼をさらに加速させたのは、トレーナーの中野裕司との出会いだった。

 中野は13年1月から帝拳ジム専属となったが、それまでも同ジムに来て、他の選手を指導することはあった。石本が日本ランカーになったばかりの10年春のことだ。ある日、中野は石本に声をかけた。「あとちょっと頑張れば、チャンピオンになれるんじゃないか?」。中野の目には石本の才能が、周囲にいるチャンピオンたちと遜色ないように映っていたからだ。

 石本の長所とは何なのか。中野はこう証言する。「反応が速いところだと思います。“当て勘”も“外し勘”もある。これは教えてできるようなものじゃないんです」。パンチを当てることと避けることはボクサーにとって、極めて重要な才覚である。

 これらのセンスは誰もが持っているものではない。しかし、石本はそれを有しながら生かし切れていなかった。彼には“苦い薬”が必要だったのかもしれない。「本能に頼り過ぎていた。(相手の攻撃への)反応が良過ぎて消極的になっていた部分がありました。(日本タイトルマッチで)芹江(匡史)選手とやった時、それが悪い方向に出ていた。負けたことによって、勇気を出さなきゃダメだということを学習したと思うんです」と中野は言う。

 それまでの石本には巧い選手との評価がついていた。だが、中野の見立ては違った。
「自分は正直言って、巧いというより突出したものがないと思っていました。パンチをもらわない代わりに、自分からもいけない。中途半端な感じがあったんです」。石本は決してハードパンチャーではない。それでも相手にダメージを与えなければ勝つことはできない。中野は口を酸っぱくして、石本に言い続けた。「パンチがないならないなりに、倒れるまで殴り、色々なコンビネーションを試せ」と。本人にとって打ちやすいパンチは何なのか、どうやれば自然に出るのかということを中野と石本は考えながらトレーニングをやってきた。

 世界を獲るための助走

 石本が中野に直接指導を受けるようになってから初めての試合、13年2月の内田義則(セレス)戦で、石本はボクサーファイターの見本のようなボクシングを披露した。1、2ラウンドは間合いを測りながら、内田の強打を見極めつつ、的確にパンチを当てていった。そして迎えた3ラウンド終盤、石本は相手の足が止まると見るや否や、猛然とラッシュを仕掛けた。ロープ際に追い込まれた内田は、もはや為す術がなかった。右に左にボディにと、速射砲のように繰り出される石本のパンチ。一方的に殴られる内田を見て、レフェリーはたまらず間に入り、試合を止めた。3ラウンド2分43秒TKO勝ち。次に控えるウィルフレド・バスケス・ジュニア(プエルトリコ)との一戦に弾みをつけた。

 その2カ月後、石本はマカオでアップセットを起こした。賭け率は1:12と誰もが劣勢を予想していたが、セコンドについた中野には勝算があった。
「内田選手とやって、連打で畳み掛けて倒すというパターンができてきた。バスケス・ジュニアとの試合が決まった後、多くの人は負けると言っていたんです。だけど僕は映像を見た時、直感的に勝てると思いました」。中野はトレーニングで石本に戦略を授けながら、「絶対勝てる」と、洗脳するように言い続けた。

 その頃を振り返り、石本は語る。「勝つための練習しかしてこなかった。だから楽しくてしょうがなかったです。もちろんトレーニングはきつくて苦しかったですが、発破を掛けられながら、その中には“勝つためにやっているんだ”という実感がありましたね」。大振りのハードパンチャーを倒すために、磨いたコンパクトなパンチ。それが8ラウンドでダウンを奪うことにつながり、石本を勝利へと導いたのだった。

 13年9月には、マカオからの凱旋試合が後楽園ホールで行われた。石本は日本のファンの前でメキシカンを相手に3ラウンド終了TKO勝ちの完勝。それ以降、周囲からの期待も日増しに高まっている。世界のベルトに狙いを定めている石本にとって、同年の4月には追い風となる出来事があった。日本ボクシングコミッション(JBC)がIBFとWBOに加盟した。JBCが認める世界タイトルはこれで従来のWBAとWBCの2つから、IBFとWBOを加えた4団体となった。つまり単純に計算すれば、世界のベルトを獲得するチャンスが2倍に増えたわけだ。

 今年1月24日に予定されていた試合が、興行の都合で2月1日に延期となった。とはいえ、石本は動じていない。「相手が計量に来なくて試合が中止になったこともありますし、1週間前に流れたこともあるので、全然慣れっこです。むしろ、今回は1週間練習する期間が長くなったぐらいにしか思ってないですね」。対戦するのはズン・リンダムというインドネシア人だ。相手が誰だろうと、石本のボクシングは変わらない。「ここでいきなりパワー型のボクシングはできない。今までやってきたように内側からパンチを出し、チャンスがきたら連打をまとめる。その完成度を見せたいなと思います」。石本にとっては節目の30戦目となる。今年一発目の試合で好スタートを切り、世界タイトル奪取への足掛かりにしたい。

 “カッコ良さ”にこだわる

 石本が憧れた辰吉丈一郎や川島郭志は、観客を魅了するボクサーだった。当然、石本もその点を強く意識している。「川島さんは、ディフェンスでもお客さんを沸かせていた。僕はそれを何度も、何度も見ていました。川島さんがカッコ良かったのは、ディフェンスをしながら流れるように攻撃へいけるところなんです。僕のボクシングも攻守両面を見て欲しい。これはちょっと真似できないという技術を見せたいですね」

 披露したいのは戦う姿だけではない。「細かいところで言えばトランクス、シューズ、応援団のTシャツなどのセンスもアピールしたい。入場する時から“コイツ、カッコいいな”と。ボクシングを知らない人が見ても、“すごい”と言わせたいですね」。リングコスチュームや入場の仕方にもこだわりを見せる。リングに上がった時のポージングや、そのタイミング。ゴングが鳴るまでのイメージトレーングも欠かさない。

 石本の入場曲は人気パンクロックバンドのHi-STANDARD(ハイスタ)の『BRANDNEW SUNSET』だ。11年4月の試合から、この曲を使っている。プロボクサーにとって、入場曲も大事な演出のひとつ。イントロが流れれば、ボクサーは戦場へと歩みを進め、そこで観客のボルテージは一気に上がる。以前は色々な曲をかけていた石本。だが、ボクシングファンに定着させるためにも、固定の曲を探していた。そこで高校時代から聴いていたハイスタを改めて聴き直し、見つけたのが『BRANDNEW SUNSET』である。「曲の出だしがゆっくりで、そこからドラムとベースでバッと盛り上がる感じが、入場曲にピッタリだと思ったんです。実際に初めて使った時、すごく気持ちが乗れた。さらにお客さんからは手拍子も起こって、もうこの曲しかないなと決めました」

 メロディーやリズムで決めた入場曲だが、歌詞にも石本は共感した。サビの一部には<I won't cry, cry, cry cause I'm a tough boy>という歌詞がある。意訳すれば、「僕は泣かない。強い男だから」。石本はボクサーとして、男として、この曲に自らを重ね合わせている。故郷・香川から上京して、丸12年の月日が経とうとしている。辞めようと思ったことは何度もあった。その度にさまざまな人に支えられ、自らを奮い立たせてきた。彼はもう泣かない。強い男だから。世界チャンピオンのベルトを腰に巻く、その日までは――。

(おわり)
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石本康隆(いしもと・やすたか)プロフィール>
1981年10月10日、香川県生まれ。中学2年でボクシングをはじめ、アマチュアでは1戦1敗。02年2月、20歳で上京し、帝拳ジムに入門する。同年7月にプロテストに合格し、11月に後楽園ホールでデビューを果たした。05年にはスーパーフライ級で東日本新人王決定戦準優勝。11年には、スーパーバンタム級で日本タイトル挑戦権獲得トーナメント“最強後楽園”で優勝し、日本タイトルへの挑戦権を奪取した。しかし、翌年2月の日本同級タイトルマッチでは判定で敗れ、ベルト獲得はならなかった。12年4月に、WBOインターナショナル・同級タイトルマッチで勝利し、王座を獲得。現在は、スーパーバンタム級でWBO世界7位、日本3位。右ボクサーファイター。29戦23勝(6KO)6敗。
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(文・写真/杉浦泰介)
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