苦悩の日々だった早稲田大学での1年目は冬を越え、春を迎えた。しかし、学年の変わった新たなシーズンでも、谷川早紀は順風満帆なスタートを切れなかった。
 まず春のビッグイベント「早慶レガッタ」のシートを奪えなかった。ボート競技のみならず、激しいライバル関係にある早大と慶應義塾大が凌ぎを削るレースは100年以上の歴史を誇る伝統の一戦だ。早慶レガッタは男子の対校エイトと第二エイト、女子のクォドルプルの3種目で争われる。つまり女子のシートは、コックス(舵手)が1つ、漕ぎ手が4つ。わずか5つしか、その椅子は用意されていない。

 漕ぎ手を目指していた谷川は部内選考で敗れた。1年時には全日本大学選手権(全日本インカレ)に出場した彼女にとって、選考漏れはもちろんのこと、メンバーに同期が含まれていたことがショックを大きくさせた。
「その子は1年の時、部内のトライアルで一番下だったんです。でもすごく努力家で、2年で早慶戦に乗れるまでになった。これはかなりへこみましたね」
 悔しくて、悔しくて、谷川は心の底から仲間を応援できなかった。

 屈辱をバネに2冠達成

 季節は春から夏に変わった。8月の全日本インカレには舵手無しペアで出場できた。2年連続で全日本インカレのシートを獲得したとはいえ、これは彼女にとっては満足できるものではなかった。谷川によると、種目には序列があり、当時はクォドルプル、ダブルスカル、シングルスカル、ペアの順で好成績が見込める選手が選ばれた。谷川は、またしても部内選考で上位に入れず、序列は低かった。

 コンビを組んだのは、同じく上位クルーになれなかった2学年上の森田望だった。
「部内で負けたので、他の部員の種目より、絶対に勝ってやろうという思いもありました」
 闘志を燃やした2人は、そのエネルギーをレースにぶつける。

 予選から、ぶっち切りで他を引き離した。スタートの500メートルをトップで通過すると、2位とは9秒もの差をつける。以降も、どんどん他校の艇を突き放し、終わってみれば17秒差の圧勝。舵手無しペアの予選出場クルーで唯一の7分台をマークした。

 2日後の決勝でも、谷川と森田は圧倒的な強さを見せた。2位の艇に10秒以上の大差をつけて、ゴールラインを通過。早大にこの種目、10年ぶりの優勝をもたらした。全4種目で決勝進出を果たした早大女子の先陣を切る勝利で、総合優勝に貢献した。

 谷川と森田の快進撃は続く。翌月の全日本選手権でも予選をトップ通過。迎えた決勝では、スタートから飛び出し、そのまま流れに乗った。他の艇を引き離し、またもや、ぶっち切りでゴールイン。2位に10秒近い差をつけた。この大会、早大勢唯一の優勝。谷川&森田ペアはインカレ、全日本との2冠という快挙を成し遂げた。

 夏から秋に季節は移り、10月の全日本新人選手権では、対校クォドルプルのメンバーに入って、早大の同種目10連覇に貢献する。しかし、主要大会でこれだけ金メダルを手にしてもなお、彼女は充たされなかった。
「2年生はずっと悔しかった。優勝はしていても、チームのトライアルでは負けていたんです。もちろんタイトルを獲れて、すごく嬉しかったのですが、それでもどこか救われないというか……」

 栄光から一転、暗闇に

 谷川にとって、タイトルを固め獲りした2年時のシーズンを実りの秋とするならば、3年時は試練の冬が待っていた。

 前年に引き続き、早慶レガッタのクルー選考に漏れた谷川は、全日本インカレでは再び舵手無しペアでのエントリーとなった。ただ、谷川に寄せられる期待は1年前とは様変わりしていた。この年の全日本インカレで早大は、前年に果たせなかった全種目優勝という高い目標を掲げていたからだ。
「主将からも『ペアは谷川に頼んだよ』と言われたんです。去年は一緒に乗っていた先輩に引っ張ってもらっていたのもあって、“私、そんなにすごい選手じゃないのに……”と、不安がないわけじゃありませんでした」

 勝たなくてはいけない――そのプレッシャーは、彼女から推進力を奪った。同期の坂内千紘と組み、予選A組をトップで通過したが、タイムは全体の2位。決勝は予選B組1位の明治大とのマッチレースが予想された。

 スタートから先行したのは、明大だった。早大は2位。500メートル通過時点では、1秒34差をつけられる。谷川は前を行く艇を捉えようと、必死に漕いだ。だが1000メートル通過でも、その差は縮まらなかった。
「1000メートル以降は、全然体が動かなかった。オーバーペースで入ったわけではなかったんですが、ガス欠のような状態でした」
 焦りがオールをますます空回りさせる。結局、4秒95差の2位。ライバルに先着を許した。ゴール後、谷川は帽子のつばを下げ、片手で顔を覆った。ボート上で涙が溢れてきた。

 リベンジを誓った翌月の全日本では、1年生の土井鈴奈とペアを組んだ。“引っ張ってあげなければ”という気持ちが強すぎるあまり、うまくリードできなかった。
「後輩は先輩に言われると萎縮しちゃう部分がある。だから言い方も気をつけないといけないのですが、私はボートを漕いでいると、どうしても口調がきつくなってしまう。私に余裕がなく、なかなか後輩をのびのび漕がすことができませでんした」
 優勝した明大には7秒と、全日本インカレの時以上の差をつけられた。連覇はもちろん、インカレの雪辱も果たせない完敗だった。

 苦しんだシーズンを谷川はこう語る。
「全然、タイムが伸びなくて、つらかったですね。漕いでいても艇が進まず、当然、試合では勝てなかった。この頃は、ボートを“嫌だな”と思っていました。今まで一番、漕ぎたくない時期でしたね」

 競技から逃げ出したくもなった。それでも前を向けたのは、仲間の存在だった。
「先輩がかなり大好きだった。同期にも救われましたね。一緒にいて、すごく楽しかった。ボートでは悩んでいても、毎日が楽しくないわけじゃなかったんです」

 暗闇でもがいた1年を終え、2年目で手にした栄光。だが、実りの秋は長くは続かなかった。またしても谷川に試練の冬が訪れる。そこで彼女は、ただじっと春を待つのではなく、花を咲かすための種を探し求めた。

(最終回につづく)
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谷川早紀(たにがわ・さき)プロフィール>
1992年12月31日、愛媛県生まれ。小学校時代は野球、中学校時代は陸上競技を経験し、今治西高校入学後にボート競技を始める。1年時から主力として活躍。高校3年時には夏の全国高校総合体育大会のダブルスカルで優勝した。秋の国民体育大会では愛媛県選抜として少年女子舵手付き4人スカルを制覇。高校卒業後は早稲田大学に進学し、2年時の全日本大学選手権(全日本インカレ)女子舵手無しペアで優勝。全日本選手権でも同種目を制した。最終学年となった今年の全日本インカレでは女子舵手付きクォドルプルで優勝を収め、大学の同種目3連覇と総合6連覇に貢献した。

(文・写真/杉浦泰介)




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