チェアマンはチェアマンでも、今はサッカーではなくバスケットボールのチェアマンだ。日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎が日本バスケットボール協会(JBA)を改革するために設けられたタスクフォースのチェアマンに就任して3カ月がたつ。
周知のように昨年11月、国際バスケットボール連盟(FIBA)はJBAに対し、資格停止処分を下した。制裁が解除されない限り、男女とも今年行われるリオデジャネイロ五輪予選に出場することができない。
制裁解除の条件としてFIBAがJBAに要求しているのは(1)リーグの統合(2)代表の強化(3)ガバナンスの確立の3つ。この中で最も難航が予想されたのが(1)である。地域密着を理念とするbjリーグと企業が主体のNBL(2013年までJBL)はFIBAに7年前から統合を求められていながら、未だに一本化されていない。JBA改革の陣頭指揮を執ったFIBAの事務総長パトリック・バウマンが川淵にチェアマンを依頼したのは、その剛腕に賭けたからだろう。
川淵の動きは早かった。チーム名から企業名を外すことに難色を示すNBL側には、それを容認するかわりに分社化を要請した。1部のチーム編成は「最低プロ10人以上」。アリーナに関しても1部は「5000人規模」と矢継ぎ早に来年10月開幕を目指す新リーグへの参加条件を打ち出した。
既視感がある。バスケットボール界の現状がJリーグ誕生前夜のサッカー界に重なるのだ。「時期尚早という人間は100年たっても時期尚早という。前例がないという人間は200年たっても前例がないという」。退路を断つ覚悟でサッカーのプロ化を断行した川淵は、私に言わせれば「乱世のリーダー」である。
もちろん抵抗勢力も少なからず存在する。「このままではJBAはサッカー協会に乗っ取られる」と警戒する者もいるようだが、川淵は「乗っ取る価値があるのか」と一笑に付す。自らが改革を怠ったことでFIBAの介入を招き、他競技団体の元トップにかじ取りを委ねざるをえなくなったJBAも不甲斐ない。
この6月、川淵はスイスでのFIBA中央委員会に乗り込む。FIBAもJBA改革の功労者を、まさか手ぶらで帰すわけにはいかないだろう。そこで制裁は解除される見通しだ。ひとつ、大きな山を越えることになる。
<この原稿は15年4月29日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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