2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を契機に、パラスポーツの認知度アップに加え「バリアフリー」と「ユニバーサルデザイン」という言葉がよく聞かれるようになりました。似たような場面で使用されていますが、2つの言葉は意味が異なります。
(写真:マツダスタジアムは様々な障がいに対応した席がたくさん用意されている)
「バリアフリー」は、障がい者、高齢者等の社会的弱者が、生活の支障となる物理的な障害や精神的な障壁を取り除くための施策を指す用語で、元々、バリアがあるものを取り除く、フリーにするという意味です。例えば、建物の段差を取り除くことなどを示しており、階段の入口があった場合、それをスロープにする、などがあります。

一方で「ユニバーサルデザイン」とは、米ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス教授が提唱したものです。「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザインにすること」が基本コンセプト。デザイン対象を障がい者に限定していない点が、「バリアフリー」とは異なり、全ての人のためのデザインを指しています。たとえば、建てる前から入り口をスロープで設計することです。スロープは車いす使用者だけのためではなく、歩く人もつかえるものです。特別なことをするというよりは、様々な人にとって、便利で使いやすい設計であると言えます。

大分県別府市に飲食店を訪れた時のことです。入口から段差はなく、ひとつひとつの席の間隔は車椅子でも入れるように広くなっていました。別府市は障がい者が働き、生活する施設「太陽の家」のある町ですから、私は“流石、障がいのある人たちに配慮のある町だな”と思い、そのことを伝えると、お店の方はこう答えました。
「違うんですよ。地域には車椅子の人たちがたくさんいるのだから、その人たちにお客さんとして来てもらわないと損じゃないですか。誰でも入ってきてもらえるように、商売のため、売り上げのためにやっているんですよ」
いろんな人がいることを前提とした考え方で、“これこそがユニバーサルデザインなんだなぁ”と納得、感動しました。

 これからの日本のスタジアム

日本は2006年12月に「バリアフリー新法」が施行されました。日本の建築物のアクセシビリティについて、高齢者や障がい者の移動の円滑化を促進する法律です。努力義務が求められる特定建築物には体育館、水泳場、ボーリング場その他これらに類する運動施設又は遊技場とありますが、観客席は、この「特定建築物」には含まれていません。

国際パラリンピック委員会(IPC)が独自の基準で、パラリンピックで用いられる競技場のアクセシビリティを規定している「IPCアクセシビリティガイド」には、競技場の車椅子席を一般的なスポーツイベントで全体の0.5%以上、オリンピックなら同0.75%以上、パラリンピックでは同1〜1.2%以上を求めています。

これに当てはめると、現在の日本のスタジアムは「ユニバーサルデザイン」と呼べるものは少ないのが現状です。昨年の1試合平均観客動員は2万6000人を超えるなど国内屈指の人気スポーツであるプロ野球のホームスタジアムを例に挙げてみましょう。川内美彦・前田有香著の日本財団パラリンピック研究会紀要2号(別冊)によれば、<国内の野球場を見て最も障害のある人への対応が進んでいるといえるのはMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島>と述べられています。マツダスタジアムは収容人数3万3000人に対し、車椅子席は142席と比率は0.43%。その数字の高さは、東京ドームの0.026%と比較すれば、一目瞭然です。

 いろいろな方が観戦したいという思いがある。それを教えてくれた阪神ファンの方がいます。その方は全盲なのですが、ここ十数年、甲子園球場のシーズンシートを購入し続けているんです。球場でラジオの中継を聞きながら、生観戦を楽しんでいるんです。たとえ目が見えなくても、臨場感と会場の雰囲気は音と肌で感じられる。障がいがあることは、会場に足を運ばない理由にはならないのです。
(写真:生観戦でしか得られない興奮や感動がある)

全ての人が楽しむため、競技場に求められる「質」というものがあります。数年前、ある夫妻が車椅子競技の観戦に行った際のことです。男性が車椅子ユーザーだったため、一緒にいた奥さまが受付の人に「介助の方ですか?」と聞かれました。奥さまが「いいえ、家族です」と答えると、「介助がいらないのであれば、奥さんは車椅子席には入れません。他の席に行ってください」と、それぞれ別の席へと案内されたそうです。せっかく2人で見に来たのに、離ればなれにされたのではデートになりません。2人は観戦を諦めて帰ったのです。車いす席がある、というだけでは観戦の「質」を担保したとは言えない例です。

また、先ほど紹介した「IPCアクセシビリティガイド」には、車椅子席の隣に、同伴者席を置くという規定があります。<介助者ではなく同伴者というのは、障害のある人と楽しみを共有する存在だと理解されているからである>(同前)という意味です。介助者と同伴者では大きく意味が異なるのです。

車椅子使用者の視線の確保も求められる「質」のひとつです。これはサイトラインと呼ばれるもので、<前席の観客が立ち上がった場合でも、車椅子席の人が適切な視線を確保できるようにすべきである>(IPCアクセシビリティガイド)という考え方です。欧米のスタジアムでは車椅子席を高くすることで、対処している例もあります。それもできない場合は、車椅子席の前方の席を空けることで視線を確保するケースもある。しかし、そのことによって従来の収容人数より席数が減ってしまうデメリットが生じてしまう、といった課題もあります。

2020年東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、新しく生まれる競技場は、障がいがある、ないに関わらず、いろいろな人が使いやすい設計をする絶好の機会です。なるべく多くの人が楽しめるユニバーサルデザインの競技場、オリパラの機会に、そんな場が全国に増えることを大いに期待しています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、パラスポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。パラスポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。



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