「パラリンピックの会場を満員にしたい」。2020年東京パラリンピック開催が決定してから、いろいろな方から、この言葉を聞きます。もちろん、私も同じ考えです。以前、当コラムで述べたように“チケット完売”と“満員”は異なります。企業などが購入し、配られたチケットは残念ながら使われないこともあるからです。パラリンピックの成功に向け、様々な意見を交わしている時に、ふと気づいたことがありました。“満席の会場はどんなものなのだろう?”。実は私、オリンピック・パラリンピックの開会式以外で、満員の会場を経験したことがなかったんです。自分の目指すものを体感しようと思い、満席のスポーツの試合を勉強することにしました。
(写真:ついつい集めてしまうカープグッズ)
 せっかく行くのならば“擬似ファン”になってみて、ファンの感覚も体験してみようと考え、プロ野球の広島カープを応援することにしました。いろいろ調べていくうちに、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島(マツダスタジアム)がいいと思ったからです。マツダスタジアムはメジャリーグのボールパークを参考にしたと言われており、野球ファン以外の人も楽しめる造りになっているところが魅力のひとつです。今シーズンのカープは開幕前から黒田博樹投手の復帰もあって例年以上に優勝への期待が高まっており、チケットの売り上げも好調でした。

 そしていよいよ準備を整え、広島へ行きました。この日の試合は、偶然にも黒田投手の登板日。試合を観戦し、その雰囲気の虜になりました。“つもりファン”がたった1試合で本当のファンになってしまったのです。そのうちカープグッズが欲しくなり、実際に購入もしました。球団マスコットのカープ坊やがどんどん可愛く見えてくるとは、想像だにしませんでした。そして、カープの試合結果に一喜一憂するようになったのです。

 満員であることの意味

 さて、私はすっかり“カープ女子”になってしまったわけですが、本題は「パランピックで会場を満員にすること」です。車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾さんも常々、「たくさんの観客の前で試合をしたい」と言っています。観客はゲームにおいて重要な役割を担っています。それはサッカーで、チームへのペナルティのひとつに無観客試合があることが物語っているでしょう。
(写真:広島県警が会場で配布した交通事故防止「反射バンド」の「坊や」も可愛い)

 では2020年にパラリンピック会場を満員にするためには、何をすべきか。まずは、理屈抜きに、国内のパラスポーツの大会に行ってみてもらうことです。その競技に元々興味がなくても、些細なきっかけで何かが変わることもあるかもしれません。一例を紹介しましょう。昨年の秋に韓国・仁川で行われたアジアパラ競技大会を観戦した時のことです。競技は車椅子バスケットボールで、日本対アラブ首長国連邦(UAE)の試合でした。会場となった体育館に観客はほとんどいません。そこに授業の一環で動員されてきた地元の小学生が200名くらいいました。子どもたちは競技に関心がなく、試合をそっちのけで走り回って遊んでいました。ちょうどハーフタイムのときです。1人のUAEの選手が観客席の一角にすーっと近付いていきました。そこにいる4〜50名の子どもたちと何かやりとりをしています。ものの1分くらいの出来事でした。

 しかしその後、びっくりすることが起きたのです。試合が再開すると、その一角の小学生が熱狂的な応援団となったのです。「UAE! UAE!」と大きな可愛い歓声があがり、シュートの成否に一喜一憂するのです。彼が子どもたちと何を話したのでしょう。子どもたちが応援団になったのは、そこに話したことがある選手が出ているから。もしかしたらその選手が、「シュート入れるから見てろよ!」と言ったのかもしれません。子どもたちは、自分の意思ではないけれど、体育館にいったからこそ、思わぬきっかけを得て、応援をはじめたのです。

 内閣府が今年8月に発表した世論調査によると、「2020年に東京で夏季オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されることを知っていますか?」という問いに「知っている」と答えた人は98.1%と、非常に高い数字が出ました。しかし「オリンピックに関心がある」となると81.9%に減り、「パラリンピックに関心がある」は70.3%となります。さらに「オリンピックを競技場などに観戦に行きたい」という人は51.2%、「パラリンピックを競技場などに観戦に行きたい」となると36.4%。さらには、この内「ぜひ観戦に行きたい」人は僅かに4.5%なのです。31.9%の「できれば行きたい」という瞹昧な層は、申し訳ないですが、あてにできません。

 かなり厳しい、これが現状なのです。残り5年しかない中で、わずか4.5%の行きたい人任せでは、スタジアムを満員にできるわけがありません。私自身の「きっかけ」はこれまで述べたとおりですが、今ではすっかり“カープ女子”です。つまり、「きっかけ」はなんでもいいんです。どの競技でもいい。元々興味がなくても、ちょっと頑張って行ってみる。それをいろいろな競技で繰り返してください。大好きな選手、夢中になる競技が見つかるかもしれない。それを積み重ねて、国内のパラスポーツ大会の観客が徐々に増えていってこそ、2020年のパラリンピック満席へとつながっていくのです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
 新潟県出身。パラスポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、パラスポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。パラスポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。

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