打者としての城島の才能を、工藤は誰よりも高く評価している。ネクスト・バッターズサークルでの素振りを一目見れば、どこが得意でどこが苦手かおおよそ察しがつくと公言してはばからない熟達のサウスポーが、こと城島の攻略法に話が及ぶと、歯切れが悪くなった。
「普通アウトコースに真っすぐを投げておけば、どんな見逃し方をするかで何を狙っているか大体わかるもの。しかし、城島の場合、そのボールを平気で見逃したからといって、同じボールを投げられるというバッターじゃない」
<この原稿は2000年11月号の『Number』に掲載されたものです>

 これには少々、説明が必要だろう。昨年の中日との日本シリーズ、工藤はトップバッターの関川浩一を要注意人物としてマークした。中日は関川が打ち、走ることで勢いに乗るチーム。逆説的にいえば、彼さえ塁に出さなければ恐竜打線、恐るるに足らず――。そう判断したのである。

 果たして、関川は何を待っているのか。工藤がリトマス試験紙がわりに使ったのがアウトコースのストレートだった。もし、そのままのタイミングで打ってきたらストレート待ち、体がボールに入ってくるような打ち方をすればカーブ待ち、体が入らずに、そのまま打ちにきたものの途中でバットを止めたらスライダー待ち――スイングのタイミングと軌道を情報のソースとすることで、工藤は瞬時に関川の待ち球を割り出すことができた。

「アウトコースの高めに投げると、ほとんどファウルになる。その時のスイングのタイミングと軌道さえ確認しておけば、まずヒットを打たれることはない。ある程度、ストライクに見えるボールを放っておけば、彼は間違いなく手を出してきましたから……」
 まるで医者が手元にある患者のカルテを説明しているような口ぶりで工藤は言った。

 脳裏の引き出しに、千枚をこえるカルテを保存してある工藤にして、類例がないという城島というスラッガーは、一言で言えば天才肌である。相撲でいうなれば、なまくら四つ、これといった型がなく、ためにどんな球種、どんなコースにも対応できる。強いていえば、現役時代の長嶋茂雄か。あれこれと魂胆の詰まったリトマス試験紙も、この男にかかっては紙っきれで同然である。

「アイツ、カーブならいつでも打てると言ってるんですよ……」
 不可解な思いを、苦笑にくるんでベテランは言い、こう続けた。

「おそらく、こういうことだろうと思うんです。カーブを打つにはバットのヘッドを立てておいて、落ちてくるボールを拾わないといけない。反対にストレートは上からバンとヘッドを出せば何とかなる。簡単にいえばストレートは叩く、変化球は拾うという打ち方が基本です。
 この“拾い方”にも2種類あって、たとえば、ウチの高橋由伸はインサイドに入ってくる変化球をヒザを折って拾う。ヒザをグルッと回転させるんです。ところが城島は外にステップをするからヒザでは拾えない。では、何で拾うかというと腕で拾うんです。腕でヘッドの位置を調整し、寝かせておいて拾い上げるんです。こういう変化球の打ち方をするのは、僕の知っている限りでは他にヤクルトのペタジーニくらいですね」

――ズバリ、どう攻めますか?
「第一打席が勝負です。できれば1球か2球で終わりたい。カーブなら1球で終わりたい。(球種を)見せれば見せるだけ僕は苦しくなってきますから」

 開幕ゲーム、工藤先発。
 最初の対決は2回表、1死無走者の場面で巡ってきた。
 得点は2対0と巨人リード。

 初球、インハイへのスライダー、ボール。
 2球目、インコース真ん中付近のスライダー、空振り。3球目、真ん中の低め、142キロのストレート、ボール。
 そして4球目。ワンツーのカウントから、工藤はインローに142キロのストレートを突き刺した。見送ればワンバウンドになりそうなボール球。この悪球を城島は左手を払うようにしてすくい上げ、ライナー性の打球にしてレフトスタンドに運び去った。昨年、山本昌からのホームランがD難度なら、このホームランはE難度の一撃。

「あれを打つか!?」とでも言いたげに、工藤は呆れたような表情を浮かべ、虚空を仰いだ。
 城島のコメント。
「あれはたまたま。本当にたまたまなんです。ただインコースに来ることだけはわかっていました」

 2打席目は工藤に軍配が上がった。
 5回表、先頭打者。
 得点は3対1で巨人の2点リード。初球、外角スライダー、ファウル。2球目、外角カーブ、ファウル。3球目、真ん中高め、142キロのストレート。4球目、インロー、142キロのストレート、ファウル。5球目、アウトロー、ワンバウンドになるスライダー。打ちにいってすんでのところで、バットを止めたが、ハーフスイングを取られた。空振り三振。
 低めに強い城島は、ワンバウンドになりそうなボールでも打ちにいくクセがある。そのクセを工藤は読み切っていた。初打席では、速いボールで牛耳りにかかった工藤だが、この対戦ではリスクを避け、確実に城島を仕留めにかかった。4球目、ツーワンからのストレートをインフィールドに打ち返せなかった時点で、あらかた勝負は決していた。

 3打席目は工藤にとって酷な状況だった。城島の前を打つ松中信彦が同点2ランをライトスタンドに放ち、工藤の表情には、焦燥の色が浮かんでいた。肉体的にも精神的にも工藤は追い詰められていた。
 初球、アウトハイ、スライダー、ファウル。2球目、インロー、ストレート、ファウル。3球目、真ん中低め、ワンバウンドのスライダー、ボール。
 4球目、アウトロー、カーブ。城島は柔らかいリストを生かして、これまたワンバウンドになりそうなボールをすくい上げだが、平凡なライトフライに終わった。

 結果は3打数1安打、1ホームラン、1三振。城島の完勝ともいえる数字ではないが、E難度のホームランが工藤をマウンドから引きずり降ろす伏線となったことは疑いようがない。
 しかし、工藤もチームに“城島封じ”の一端を開示した。2打席目の三振は城島の“打ちたがり”の性格を巧みに利用したものであり、それ以降のゲームで巨人のピッチャーは、追い込むと決まって低めに変化球を配した。

 シリーズ合計5つの三振と6つの内野ゴロは自らを手術台に乗せ、クランケの役割を果たした工藤自筆のカルテによるところが大きい。そして、カルテの余白を埋める作業は来年の秋まで待たなければならばならない。

(おわり)


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