当初は誰もがジョークだと思ったカードが本当に実現することになった。
9月12日にラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで予定されている次戦で、無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーはWBA世界ウェルター級暫定王者アンドレ・ベルトと対戦する。これまで48戦全勝の現役最強と呼ばれるボクサーにとって、これがShowtime/CBSとの6戦契約の最後の1戦となる。ただ……残念ながら、この試合の挙行にエキサイトしているファン、関係者はほとんどいないのが現実だ。
(写真:対ベルト戦の発表会見は、当然のように前戦のパッキャオ戦とは比べものにならないほどに注目度の低いイベントとなった Photo By Esther Lin/SHOWTIME)

31歳のハイチ系アメリカ人、ベルトはここまで30勝(23KO)3敗。台頭期はスター候補と目され、世界ウェルター級王座にも2度就いている。
しかし、過去6戦では3勝3敗と停滞中で、メイウェザーが圧勝したロバート・ゲレーロ、ビクター・オルティスに敗れ、2013年7月にはジャーニーマンのヘスス・ソト・カラスにもTKO負けを喫した。攻防ともにやや中途半端な印象があり、現時点で“トップボクサー”とはとても言えまい。

そんな中堅選手が相手なのだから、勝敗予想は当然のように圧倒的にメイウェザーに傾いている。ベルトの打たれ脆さを考えれば、2011年のオルティス戦以来のKO勝利も十分に考えられるはずだ。
(写真:デヴュー直後にニューヨークで試合を行った頃のベルト。期待されたが、やや伸び悩んだ)

現在のウェルター級の層は薄くはない。マニー・パッキャオとの“世紀の一戦”が終わった後でも、メイウェザーの挑戦者により相応しい選手は存在する。ミドル級最強のゲンナディ・ゴロフキン、トップランク所属のティモシー・ブラッドリーらは非現実的だとしても、アミア・カーン、キース・サーマン、ダニー・ガルシア、ショーン・ポーターといったアル・ヘイモン傘下のウェルター級勢は正当な実績を積み重ねてきた。

「俺の次の相手はベルトかカリム・メイフィールドのどちらかだ」
パッキャオ戦の直後から、メイウェザーが公の場でそう語り続けていたのは事実だった。それでも、名前が挙げられた選手たちの近況が冴えないこと、他により適切な候補者がいるという2つの理由で、“ベルトが有力”という言葉はメイウェザー得意の冗談だと多くのメディアから考えられていたのである。

しかし……メイウェザーはここで本当にベルトとの対戦を発表し、その後の周囲の評判は当然のように芳しくはない。一時は地上波CBS で中継されるという噂もあったが、結局は視聴に別料金が必要なPPV中継になったことも批判に拍車をかけている。PPV料金は64.95ドルと割安ではあるが、 もう当日まで間がなく、プロモーションの時間も十分ではないこともあり、売り上げ不振は必至。メイウェザーに、これまで通り3000万ドル以上の報酬が保証されるとすれば、興行的には失敗に終わる可能性は低くないはずだ。
(写真:パッキャオ戦は数々の興行記録を塗り替えたが、ベルト戦はPPV売り上げも苦戦が予想される)

さて、それでは、話題性に乏しいベルトのような相手がなぜ選ばれたのか。
「Showtimeには対戦相手選びに口を挟む権限はないんだ。すべてメイウェザー陣営が決めることになっているからね」
テレビ局関係者に今回の対戦者選考について尋ねると、そんな答えが返ってきた。HBOからShowtimeに電撃移籍した際の契約条項に、そういった条件も含まれていたのだろう。爆発的な興行成績を収めたサウル・“カネロ”アルバレス、パッキャオ戦で、すでに巨額の儲けを出しただけに、メイウェザーとの6戦契約はいずれにしても成功。Showtime側もここでの多少の赤字は飲めるに違いない。

メイウェザーの方には、試合前に莫大なプレッシャーを感じていたはずの5月のパッキャオ戦を終えて、準備期間の少ない9月には容易なファイトをこなしたいという思惑があるのではないか。「Showtimeとの契約終了とともに引退」と以前から公言しており、この試合は“メイウェザー最後の一戦”として売り出されるはず。ただ、依然として能力と商品価値を残した王者が、ここで引退するとは業界内の誰も信じていないのが現実である。

ベルトに勝てば49戦全勝となり、ロッキー・マルシアノの連勝記録に並ぶ。時を同じくして、来春には“本拠地”としてきたMGMホテル傘下の新アリーナがベガスに大々的にオープンする。アリーナのこけら落としに近い形で通算50戦目を行えば、爆発的な話題を呼ぶ興行となることは間違いない。
(写真:ベルトは常に攻撃的ゆえ、エキサイティングな試合が多いことでは定評がある)

そのときまでにShowtimeとの6戦契約を満了させておけば、一大イベントを前にShowtime、HBO、他のテレビ局からより多額のオファーを引き出すことができる。テレビ局の違いも問題にならず、ガルシア、サーマン、あるいはカネロ、パッキャオでも、よりフレキシブルな対戦者選びが可能になる。50戦目を前にベルトとの“消化試合”が組まれた背景に、常にしたたかなメイウェザーと、アドバイザーのアル・ヘイモンの思惑が透けて見えてくるようでもある。

もちろん見る側のファンからすれば、どんな説明を受けようと、メイウェザー対ベルト戦の挙行に落胆する気持ちは変わるまい。“The Best Ever(史上最強)”を自称し、能力的には申し分ないにもかかわらず、現役生活も残り少ない時期に、こんなカードを組むことがメイウェザーの物足りなさである。
(写真:キャリア20年目。終焉が迫っていることは間違いない)

スーパーライト級から上に階級を上げて以降、メイウェザーは常にリスクと商品価値を計算し、慎重に先を見据えながら前に進んできた感がある。ここでのベルト戦は、そのキャリアをある意味で象徴するようなマッチメークと言えるのかもしれない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。
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